レイ・ブーン

レイモンド・オーティス・ブーンRaymond Otis Boone, 1923年7月27日 - 2004年10月17日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。

息子のボブ・ブーン、孫のブレット・ブーンアーロン・ブーンもメジャーリーガー。

経歴

1942年クリーブランド・インディアンスと契約。第二次世界大戦末期には海軍に従軍した。1948年、シーズン終盤の9月3日にケガをした遊撃手ルー・ブードローの代わりとしてメジャー昇格。その年は6試合に出場し、ワールドシリーズにも1試合だけ出場(1打数1三振)。インディアンスの28年ぶり2回目の優勝のメンバーとなった。

1953年のシーズン途中にデトロイト・タイガースに移籍、その後シカゴ・ホワイトソックスなど数球団を渡り歩き、1960年ボストン・レッドソックスで引退した。

インディアンス時代は遊撃手、タイガースに移籍後は主に三塁手一塁手で出場した。

1955年には116打点で打点王のタイトルを獲得。オールスターには1954年1956年の2度出場。1954年にはアメリカンリーグの三塁手として先発出場し、第2打席にロビン・ロバーツから本塁打を打っている。

引退後はレッドソックスのスカウトとなり、後の200勝投手カート・シリング、ノーヒットノーラン投手デイヴ・モアヘッドをはじめ、トニー・ミューサー、ティム・ブラックウェルなどを獲得した。

胃の手術後の合併症のため2004年5月19日から入院していたが、10月17日早朝、心臓発作で死去した。81歳。

親子三代メジャーリーガー

息子はフィラデルフィア・フィリーズカリフォルニア・エンゼルスなどで活躍したボブ・ブーン(後カンザスシティ・ロイヤルズシンシナティ・レッズで監督)。孫はシアトル・マリナーズなどで活躍したブレット・ブーンと、シンシナティ・レッズなどで活躍したアーロン・ブーン

つまり、親子孫と三世代でメジャーでプレーした最初のファミリーとなった。ブーン・ファミリーは4人全員がオールスターに出場している。

他の三代メジャーリーガーは下記の2組である。

ブーン・ファミリー通算成績

詳細情報

年度別打撃成績

  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度がある事を示す

タイトル

背番号

  • 28(1948年)
  • 8(1949年 - 1959年途中)
  • 30(1959年途中 - 同年途中)
  • 19(1959年途中 - 1960年途中)
  • 39(1960年途中 - 同年途中)
  • 5(1960年途中 - 同年終了)

関連項目

外部リンク

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