| エアロスミス | |
|---|---|
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左上から時計回りにスティーヴン・タイラー、トム・ハミルトン、ブラッド・ウィットフォード、ジョー・ペリー、ジョーイ・クレイマー | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル | |
| 活動期間 | 1970年 - |
| レーベル | |
| 公式サイト | Official Aerosmith Website |
| メンバー |
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| 旧メンバー |
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エアロスミス(英: Aerosmith)は、アメリカ合衆国のロック・バンドである。ブルース、ロックンロール、R&B、カントリー・ミュージック、ファンクといったアメリカのルーツ・ミュージックからの影響を下地に、第一次ブリティッシュ・インヴェイジョン期のイギリスのバンドを主な対象として青写真を描いて、R&Bとロック、ハードロックの懸け橋となるサウンドを確立した。
トータルセールスは全世界で1億5,000万枚以上で、『最も売れたアーティスト』の1組に挙げられる。アメリカでは「America's Greatest Rock and Roll Band」、「The Bad Boys from Boston」などの紹介が定着している。ウォール・ストリート・ジャーナルの「史上最も人気のある100のロックバンド」において10位。ローリング・ストーンの選ぶ「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において59位。
1973年、当時珍しかった東海岸ボストン出身のロック・バンドとしてデビュー。2026年に至るまで50年以上に亘って一度も解散せず、1980年から1984年までの期間を除いてレコード・デビュー時のオリジナルメンバーの顔ぶれで常に第一線で活動し続ける、という他に例を見ない経歴を持つ。
2001年に「ロックの殿堂」入り。1990年「グラミー賞」初受賞。第2回「MTV アイコン・アワード」受賞。これまでに「グラミー賞」4回、「ビルボード・ミュージック・アワード」6回、「アメリカン・ミュージック・アワード」8回、「MTV Video Music Awards」12回、「ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー」などを受賞している。
スティーヴン・タイラーとジョー・ペリーのソングライティング・コンビは米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP)から贈られる「ファウンダーズ・アワード」を受賞しており、ナショナル・アカデミー・オブ・ポピュラー・ミュージック(NAPM)設立による「ソングライターの殿堂」入りも果たしている。
日本では、1970年代後半からクイーン、キッスと並ぶ“3大バンドの1つ”として人気を博した。1977年の初来日を皮切りに2013年までに合計11回の単独公演を開催し、1998年には海外アーティスト初となる4大ドームツアーを敢行した。
出身地であるボストンを州都とするマサチューセッツ州は、1993年に当時のウィリアム・ウェルド州知事により、“4月13日”を『Aerosmith Day』と制定した。
| 時期 | メンバー |
|---|---|
| 1970年 - 1971年 (結成時) |
* スティーヴン・タイラー * ジョー・ペリー * レイモンド・タバーノ * トム・ハミルトン * ジョーイ・クレイマー |
| 1971年 - 1979年 (レコード・デビュー時の オリジナルメンバー) |
* スティーヴン・タイラー * ジョー・ペリー * ブラッド・ウィットフォード(新メンバー) * トム・ハミルトン * ジョーイ・クレイマー |
| 1979年 - 1980年 (ペリー脱退期) |
* スティーヴン・タイラー * ジミー・クレスポ(新メンバー) * ブラッド・ウィットフォード * トム・ハミルトン * ジョーイ・クレイマー |
| 1980年 - 1984年 (ペリー、ウィットフォード脱退期) |
* スティーヴン・タイラー * ジミー・クレスポ * リック・デュファイ(新メンバー) * トム・ハミルトン * ジョーイ・クレイマー |
| 1984年 - (レコード・デビュー時の オリジナルメンバー) |
* スティーヴン・タイラー * ジョー・ペリー * ブラッド・ウィットフォード * トム・ハミルトン * ジョーイ・クレイマー |
1970年夏、スティーヴン・タイラーがアメリカニューハンプシャー州サナピー湖にあるクラブ「ザ・バーン」で友人関係にあったジョー・ペリーとトム・ハミルトンが在籍していたバンド「ザ・ジャムバンド」の演奏を観て、両名に自分と新しいバンドを結成する話を持ちかけた事が「エアロスミス」誕生の発端とされている。当時タイラーは「ザ・ストレンジャーズ」や「チェーン・リアクション」といったバンドでドラマー兼ボーカルとして活動しており、既に地域で知名度を得ていた。
タイラー、ペリー、ハミルトンが結成したバンドはタイラーをフロントマンに据え、ペリー(ギター)、ハミルトン(ベース)、さらにドラマーにジョーイ・クレイマー、もう1人のギタリストにレイモンド・タバーノを迎えて活動を開始した。バンド名はクレイマーが高校時代からイメージしていたバンド名にちなんで「エアロスミス」に決まり、バンドロゴはタバーノの原案が採り入れられた。
翌1971年にタバーノが脱退。後任のギタリストにブラッド・ウィットフォードが迎えられ、ここにオリジナルメンバーが揃うた。
はじめはカバー曲中心のパーティバンドのような活動をしていたが、ボストンの「フェンウェイ・シアター」支配人からの紹介により地元有力プロモーターに出会い、マネジメント契約を結ぶ。さらにマネジメント会社の交渉により1972年夏にコロムビア・レコードとの契約が成立し、デビューの足掛かりを掴んだ。
1973年1月、1stアルバム『野獣生誕』でデビュー。収録曲の「ドリーム・オン」がアメリカ東海岸地区のロック系ラジオを中心として注目を集め、シングルカットされて全米シングルチャートに相当するBillboard Hot 100の59位まで上昇するヒットとなる。
1974年3月、2ndアルバム『飛べ!エアロスミス』を発表。プロデューサーはジャック・ダグラスが担当した。全米アルバムチャートに相当するBillboard 200の200位圏内に1年以上に亘って入り続けるロングヒットになった。

1975年4月、3rdアルバム『闇夜のヘヴィ・ロック』を発表。「ウォーク・ディス・ウェイ」や「スウィート・エモーション」もシングルヒットし、アルバムもBillboard 200の11位まで上昇。バンド初のプラチナ・ディスクを獲得した。この勢いで前2作のアルバムのセールスも上がり、再発売されたシングル「ドリーム・オン」はBillboard Hot 100の6位まで上昇した。同年5月に日本で『飛べ!エアロスミス』が発売されて日本デビューを果たした。
1976年4月、全米ツアー開始。ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでのライブも開催。5月には4thアルバム『ロックス』を発表。Billboard 200で3位を記録し、「ラスト・チャイルド」、「ホーム・トゥナイト」、「バック・イン・ザ・サドル」もシングルヒットする。日本でも彼らの知名度は上がり、「クイーン」、「キッス」と並ぶ“3大バンドの1つ”として人気を博した。10月には初のヨーロッパツアー、翌1977年2月には初の日本ツアーを開催した。
人気の拡大とともにバンド活動には2度目のヨーロッパツアーを含む大規模なツアーが組み込まれ、その合間に次作のレコーディングが行われるという過酷なスケジュールになり、以前から使用していたとされるドラッグの使用頻度が増して薬物乱用状態に陥ったいった。そのような中、1977年12月に5thアルバム『ドロー・ザ・ライン』を発表。Billboard 200の11位のヒットとなる。1978年3月にはロック・フェスティバル「カリフォルニア・ジャム2」でヘッドライナーを務め、同年7月から公開されたビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を取り上げた同名映画にも出演。ジョージ・マーティンをプロデューサーに迎え、「カム・トゥゲザー」をカバーするなど精力的な活動が続いていた。しかしタイラーとペリーの関係悪化が進み、両名は時にステージ上で小突き合いをするまでになった。ドラッグ癖はメンバーにさらに蔓延して新作アルバムの制作にまで影響を及ぼす状況になっていた。1979年7月のロック・フェスティバル『ワールド・シリーズ・オブ・ロック』出演後に些細な出来事からバンド内で大喧嘩が起こり、新作の制作の途中にペリーが脱退する事態にまで発展した。
同年11月、ペリーは「ジョー・ペリー・プロジェクト」の名義でライブ活動を始めた。エアロスミスはペリーに代わるギタリストにジミー・クレスポを迎えて加入し新作制作を続行し、6thアルバム『ナイト・イン・ザ・ラッツ』を完成させた。
1980年3月、ジョー・ペリー・プロジェクトが1stアルバム『熱く語れ!』を発表。一方、エアロスミスはタイラーの負傷などにより活動が停滞しており、10月に初のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』を発表するにとどまった。
1981年8月、ウィットフォードがデレク・セント・ホルムズとアルバム『ウィットフォード/セント・ホムルズ』を発表してバンドから脱退する。ジョー・ペリー・プロジェクトは2ndアルバム『忘れじのロックン・ロール』を発表する。
1982年8月、ウィットフォードに代わるギタリストにリック・デュファイを迎えて7thアルバム『美獣乱舞』を発表。
1983年9月、ジョー・ペリー・プロジェクトの3rdアルバム『いつまでも熱く』発表。
1984年2月、エアロスミスのボストン公演にペリーとウィットフォードが訪れる。後日、話し合いの場が持たれてオリジナルメンバーでの再活動が決まった。ドラッグやアルコールからの脱却とマネジメントの刷新といった諸条件を整えてツアーを開始。レコードレーベルの移籍も決まり、ゲフィン・レコードと契約を結んだ。
1985年11月、プロデューサーにテッド・テンプルマンを迎えた8thアルバム『ダン・ウィズ・ミラーズ』を発表。
1986年、Run-D.M.C.が「ウォーク・ディス・ウェイ」をカバー。タイラーとペリーがレコーディングに参加しミュージック・ビデオにも出演した。このシングルはBillboard Hot 100の4位のヒットとなり、エアロスミスが音楽シーンで再び脚光を浴びるきっかけになった。
1987年8月、プロデューサーにブルース・フェアバーンを迎えた9thアルバム『パーマネント・ヴァケイション』発表。Billboard 200の11位を記録し、「エンジェル」、「ラグ・ドール」のシングルもヒットした。翌1988年6月には11年ぶりとなる2回目の日本ツアーを行った。
1989年9月、10thアルバム『パンプ』を発表。Billboard 200の5位を記録し、アメリカで700万枚、世界で1100万枚を超える売り上げとなる大ヒット作となる。また「エレヴェイター・ラブ」、「ジェイニーズ・ガット・ア・ガン」、「アザー・サイド」、「ホワット・イット・テイクス」のシングルもヒットした。12年ぶりのヨーロッパ・ツアーや初のオーストラリア・ツアーも行われた。
1990年、第33回グラミー賞で「ジェイニーズ・ガット・ア・ガン」が「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞。MTV Video Music Awardsでも「ヴューワーズ・チョイス」などを受賞。同年9月には3回目の日本ツアーを開催。
1991年、MTV Video Music Awardsで「アザー・サイド」が「ベスト・メタル/ハードロック・ビデオ」を受賞。初のボックス・セット『パンドラの箱』を発表する。
1993年、既にレコーディングした曲を破棄して改めて書き下ろした楽曲をレコーディングするなど試行錯誤を重ねた末に、11thアルバム『ゲット・ア・グリップ』を発表。Billboard 200でバンド初の1位を獲得し、世界中のメインチャートでもTOP3入りし、結果、前作を超える1600万枚以上の大ヒット作となった。同アルバムからは、「リヴィング・オン・ジ・エッジ」、「クライン」、「クレイジー」、「アメイジング」等のシングルも、立て続けにヒットした。MTV Video Music Awardsでは「リヴィング・オン・ジ・エッジ」が「ヴューワーズ・チョイス」を受賞。同タイトルは、翌1994年の第36回グラミー賞でも「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞。また、「クライン」がMTV Video Music Awardsの最優秀賞に当たる「ビデオ・オブ・ザ・イヤー」を含む、3部門でそれぞれ受賞したさらに翌1994年、「クレイジー」が第37回グラミー賞で「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞している。同年に4回目の日本ツアーで横浜・大阪・広島・福岡・名古屋等の各地での公演に続けて、日本武道館で計7日間の公演などを行い、初の南米ツアーも行った。11月にはゲフィン・レコード期から選曲したベスト・アルバム『ビッグ・ワンズ』を発表する。
1997年3月、デビュー当時に所属していたコロムビア・レコードを契約して、プロデューサーにケヴィン・シャーリーを迎えた12thアルバム『ナイン・ライヴズ』を発表。前作に続きBillboard 200で1位を獲得した。翌1998年に開催された5回目の日本ツアーでは、“海外アーティスト初”となる4大ドームツアーを開催した。また「ミス・ア・シング」がタイラーの長女で女優のリブ・タイラーがヒロインを務めたハリウッドの大作映画『アルマゲドン』のテーマ曲に使用され、バンド史上初となるBillboard Hot 100の1位を獲得し、4週連続1位の大ヒットとなった。同タイトルは、MTV Video Music Awardsに於いて「ベスト・ビデオ・フロム・ア・フィルム」を受賞した。同年10月にはライブ・アルバム『ア・リトル・サウス・オブ・サニティ』を発表した。

1999年、第41回グラミー賞で「ピンク」が「ベスト・ロック・パフォーマンス」を受賞。7月にはアメリカフロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内の「ディズニー・ハリウッド・スタジオ」にエアロスミスをフィーチャーしたアトラクション「ロックンローラー・コースター」がオープンする。年末には再び来日し、バックチェリー、MR. BIGを前座に迎えた大阪ドームでのミレニアム・カウントダウンライブを含む、2年連続となる4大ドームツアーを開催した。
2001年1月、アメリカン・ミュージック・アワードの功労賞に相当する「アワード・オブ・アチーブメント」を受賞し、授賞式で新曲「ジェイディッド」を披露。『第35回スーパーボウル』のハーフタイムショーにも出演した。3月には13thアルバム『ジャスト・プッシュ・プレイ』を発表。Billboard 200の2位を記録した。また同年、バンドは「ロックの殿堂」入りを果たした。10月、テクモがゲームソフト『デッド オア アライブ3』においてエアロスミスとの楽曲仕様契約を締結したことを発表。エアロスミスは「ナイン・ライヴス」、「ホーム・トゥナイト」、「アメイジング」を提供した。
2002年1月、3度目となる4大ドームツアーに当たる8度目の日本ツアーを開催。5月に公開された映画『スパイダーマン』サウンドトラックで「スパイダーマンのテーマ」をカバーした。6月に再び来日し、『2002 FIFAワールドカップ』のオフィシャルコンサートに出演。前座で出演したB'zとアンコールで共演し「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を披露した。7月にはレーベルの垣根を越えたベスト・アルバム『アルティメイト・エアロスミス・ヒッツ』を発表。
2003年、全米でキッスとのジョイントツアーを開催した。
2004年3月、自分達のルーツとなるブルースの楽曲のカバーアルバム『ホンキン・オン・ボーボゥ』を発表。『ドロー・ザ・ライン』(1977年)以来27年ぶりに、ジャック・ダグラスが共同プロデューサーに起用された。7月には9回目の日本ツアーを開催、ロック・フェスティバル『POCARI SWEAT BLUE WAVE THE ROCK ODYSSEY 2004』にもヘッドライナーとして出演した。ツアー終了後は長期休暇をとる予定であることが伝えられた。

新作アルバムの発表は途絶えたがライブ活動は不定期的に行われ、ライブ・アルバム『ロッキン・ザ・ジョイント』(2002年)発表後に北米ツアー、2007年に南米・中東・ヨーロッパを含むツアーが開催された。しかしメンバーの病気や怪我によるツアーの途中キャンセルや一時離脱が続いた。ペリーはソロ活動を続け、2005年に初のソロ・アルバム『ジョー・ペリー』、2009年には『ハヴ・ギター、ウィル・トラヴェル』を発表し、ジョー・ペリー・プロジェクト名義で北米ツアーも行った。この頃、バンド活動を休みたいタイラーと長期間の空白を作りたくないタイラー以外のメンバーとの間に軋轢が生じていた。
2010年5月から9月までツアーを開催するものの、タイラーはアメリカのオーディション番組『アメリカン・アイドル (シーズン10)』の審査員、映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』主題歌「LOVE LIVES」のシングル発表、といったソロ活動を行ったので、一時期は“タイラー脱退説”や“エアロスミスが新たなシンガー模索中”などのニュースが流れた。2011年に南米からツアーがスタートし、11月には7年ぶりとなる10回目の日本公演も行われた。

2012年11月、発売延期を経て『ジャスト・プッシュ・プレイ』以来、実に11年振りとなるスタジオ・アルバム『ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション!』を発表。
2013年7月にリリースされたバディ・ガイのアルバム『リズム&ブルース』に、タイラー、ペリー、ウィットフォードがゲスト参加した曲「イーヴィル・ツイン」が収録される。同年8月に11回目の日本公演を開催。QVCマリンフィールド公演は同時期に同会場で開催されていたサマーソニックに因んで“AEROSONIC”と題され、エアロスミスとB'zよるロック・フェスという形で開催され、先に出演したB'zを迎えて「ママ・キン」が披露された。また梅田でストリートライブを行っていたバンド・イーゼル芸術工房とセッションし、ジャパンツアーファイナルとなる翌日の大阪公演に招待したことが話題となった。
2016年6月、タイラーがラジオ番組「ハワード・スターン・ショウ」に出演し、翌2017年にフェアウェル・ツアーを行ってから解散すると発言した。この発言について、ペリーが「ローリング・ストーン」誌の取材に対して「フェアウェル・ツアーをやることを想像したことなど一度もない」と否定したが、11月14日にはフェアウェル・ツアーを行うことが正式に発表された。
2020年1月、MusiCares Galaにてミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤーを受賞。授賞式で「ビッグ・10インチ・レコード」「ドリーム・オン」「スウィート・エモーション」「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏した。その際「ドリーム・オン」ではH.E.R.、「トレイン・ケプト・ア・ローリン」ではアリス・クーパーとジョニー・デップがゲスト参加した。また同式ではエアロスミスの功績を称えるスペシャルライブが開催され、サミー・ヘイガー、チープ・トリック、フー・ファイターズ、ヌーノ・ベッテンコート、ゲイリー・クラーク・ジュニア、ジョン・レジェンド、メリッサ・エスリッジ、リアン・ライムス、オリアンティ、ジェシー・J、ジョナス・ブラザーズ、ケシャ、ヨラなどが、それぞれエアロスミスの楽曲を演奏した。2日後の同月26日に開催された第62回グラミー賞授賞式に特別ゲストとして出席して「リヴィング・オン・ザ・エッジ」「ウォーク・ディス・ウェイ」を演奏。後者にはRun-D.M.C.が参加した。
2021年8月23日、ユニバーサル・ミュージックと全世界的パートナーシップを結んだことを発表。これにより米コロムビア時代の作品を含む全作品がユニバーサル・ミュージックに集約されることになる。同年11月26日のレコード・ストア・デイには、未発表のリハーサル音源を収録した7曲入りのコンピレーション『1971 : The Road Stars Hear』をアナログ盤(1万枚限定プレス)とカセットテープ(2000本限定生産)で発売した。
2022年3月、クレイマーが年内に予定されているラスベガスでの長期公演『Deuces Are Wild』の全公演に参加しないことが発表された。代役はジョン・ダグラスが務める。4月8日、前年11月のレコード・ストア・デイにアナログ盤/カセットテープで限定発売された未発表音源集『1971 : The Road Stars Hear』をCDとデジタル配信で全世界発売。5月24日、タイラーが依存症のリハビリ施設へ入所することになったため、翌月から開始予定だったラスベガスでの長期公演を中止することを発表。7月、タイラーが1ヶ月以上に亘って入所していたリハビリ施設から退所。9月4日、約2年半ぶりとなるライブをメイン州バンゴーで開催。ジョン・ダグラスが不参加のクレイマーの代役を務めた。12月2日、タイラーの体調不良を理由に同月2日と5日に予定されていたラスベガスでの長期公演を中止にすることを発表。さらに同月8日には、当日の公演と11日に予定されていた公演が中止されることも追加発表された。
2023年5月1日、オフィシャル・サイトにてフェアウェル・ツアー『Peace Out: The Farewell Tour』を9月から行うことが発表された。クレイマーはこのツアーにも不参加となる。8月18日、デビュー50周年を記念したオールタイム・ベスト『グレイテスト・ヒッツ (Greatest Hits)』が全世界同時発売された。9月2日、『Peace Out: The Farewell Tour』がフィラデルフィア公演から開始されたが、同月11日にバンドのSNSを通じて、タイラーが声帯を痛めてしまったために翌12日から27日までに予定されていた全6公演を2024年1月以降に延期し、ツアーを一ヶ月間中断することを発表。同月末にはSNSを通じて、タイラーの喉の具合が想定より深刻であるとの理由で、前述の6公演以外の全日程も2024年に延期することを発表した。11月、ユニバーサルミュージックより、鳴門鯛焼本舗とのコラボレーションでグレイテスト・ヒッツをカバーにあしらったりんごたい焼きを期間限定販売することが発表された。
2024年8月3日、タイラーの声帯損傷が回復しないことから、ツアー活動から引退することを公表。延期されていた『Peace Out: The Farewell Tour』は中止となった。
2025年9月17日、ヤングブラッドとのコラボEP『One More Time』が11月21日にリリースされると発表。同日、先行シングルとして『My Only Angel』がストリーミング配信された。
2026年10月29日と11月1日、ロサンゼルスのハリウッド・ボウルにてカムバック・ライヴの開催を正式発表。リハーサルの写真から近年バンドを離れていたドラマーのジョーイ・クレイマーのバンド復帰が確認される。
作者の記載がない曲はタイラーとペリーの共作。
| 発売年 | タイトル (原題) |
レコード会社 | チャート最高位 | ゴールドディスク | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| US | CAN | UK | GER | NLD | AUS | JPN | ||||
| 1973年 | 野獣生誕 (Aerosmith) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
21 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:2×プラチナム |
| 1974年 | 飛べ!エアロスミス (Get Your Wings) |
74 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:3×プラチナム | |
| 1975年 | 闇夜のヘヴィ・ロック (Toys in the Attic) |
11 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:8×プラチナム | |
| 1976年 | ロックス (Rocks) |
3 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:4×プラチナム | |
| 1977年 | ドロー・ザ・ライン (Draw the Line) |
11 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:2×プラチナム | |
| 1979年 | ナイト・イン・ザ・ラッツ (Night in the Ruts) |
14 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:プラチナム | |
| 1982年 | 美獣乱舞 (Rock in a Hard Place) |
32 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:ゴールド | |
| 1985年 | ダン・ウィズ・ミラーズ (Done with Mirrors) |
ユニバーサルミュージック (ゲフィン・レコード) |
36 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:ゴールド |
| 1987年 | パーマネント・ヴァケイション (Permanent Vacation) |
11 | — | 37 | — | — | 42 | — | * RIAA:5×プラチナム * BPI:ゴールド | |
| 1989年 | パンプ (Pump) |
5 | — | 3 | — | 33 | 1 | 10 | * RIAA:7×プラチナム * BPI:シルバー * BVMI:ゴールド | |
| 1993年 | ゲット・ア・グリップ (Get a Grip) |
1 | — | 2 | 3 | 2 | 3 | 7 | * RIAA:7×プラチナム * BPI:プラチナム * BVMI:プラチナム | |
| 1997年 | ナイン・ライヴズ (Nine Lives) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
1 | 2 | 4 | 3 | 17 | 13 | 3 | * RIAA:2×プラチナム * BPI:ゴールド * BVMI:ゴールド * RIAJ:2×プラチナ |
| 2001年 | ジャスト・プッシュ・プレイ (Just Push Play) |
2 | 2 | 7 | 6 | 32 | 27 | 4 | * RIAA:プラチナム * BPI:シルバー * RIAJ:2×プラチナ | |
| 2004年 | ホンキン・オン・ボーボゥ (Honkin' on Bobo) |
5 | 5 | 28 | 32 | 64 | — | 6 | * RIAA:ゴールド * RIAJ:ゴールド | |
| 2012年 | ミュージック・フロム・アナザー・ディメンション! (Music from Another Dimension!) |
5 | 6 | 14 | 7 | 33 | 30 | 6 | ||
| "—"は、チャートイン不明な場合を表す | ||||||||||
| 発売年 | タイトル (原題) |
レコード会社 | チャート最高位 | ゴールドディスク | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| US | CAN | UK | GER | NLD | AUS | JPN | ||||
| 1978年 | ライヴ・ブートレッグ (Live! Bootleg) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
13 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:プラチナム |
| 1986年 | ライヴ・クラシックス (Classics Live I) |
― | — | — | — | — | — | — | * RIAA:プラチナム | |
| 1987年 | ライヴ・クラシックスII (Classics Live II) |
― | — | — | — | — | — | — | * RIAA:ゴールド | |
| 1998年 | ア・リトル・サウス・オブ・サニティ (A Little South of Sanity) |
ユニバーサルミュージック (ゲフィン・レコード) |
12 | 6 | 36 | 21 | 34 | — | 3 | * RIAA:プラチナム * RIAJ:プラチナ |
| 2005年 | ロッキン・ザ・ジョイント (Rockin' the Joint) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
24 | — | — | — | — | — | 16 | |
| "—"は、チャートイン不明な場合を表す | ||||||||||
| 発売年 | タイトル (原題) |
レコード会社 | チャート最高位 | ゴールドディスク | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| US | CAN | UK | GER | NLD | AUS | JPN | ||||
| 1980年 | グレイテスト・ヒッツ (Aerosmith's Greatest Hits) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
43 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:11×プラチナム |
| 1988年 | ジェムズ (Gems) |
133 | — | — | — | — | — | — | * RIAA:ゴールド | |
| 1991年 | パンドラの箱 (Pandora's Box) |
45 | — | — | — | — | — | 21 | * RIAA:プラチナム | |
| 1994年 | パンドラズ・トイズ (Pandora's Toys) |
― | — | — | 52 | 41 | — | 88 | ||
| ビッグ・ワンズ (Big Ones) |
ユニバーサルミュージック (ゲフィン・レコード) |
6 | — | 7 | 5 | 8 | 12 | 5 | * RIAA:4×プラチナム * BPI:プラチナム * BVMI:ゴールド * RIAJ:プラチナ | |
| 1997年 | グレイテスト・ヒッツ1973-1988 (Aerosmith's Greatest Hits 1973-1988) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
— | — | — | — | — | — | 52 | |
| 2001年 | ヤング・ラスト (Young Lust: The Aerosmith Anthology) |
ユニバーサルミュージック (ゲフィン・レコード) |
191 | — | 32 | 78 | — | 48 | 37 | * RIAA:ゴールド * BPI:プラチナム |
| 2002年 | アルティメイト・エアロスミス・ヒッツ (O,Yeah!The Ultimate Aerosmith Hits) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
4 | — | 6 | — | 23 | — | 3 | * RIAA:2×プラチナム * RIAJ:プラチナ |
| 2006年 | エアロスミス濃縮極極ベスト (Devils' Got a New Disguise - The Very Best of Aerosmith) |
33 | — | 19 | 80 | — | 31 | 8 | * BPI:プラチナム * RIAJ:ゴールド | |
| 2011年 | タフ・ラヴ:ベスト・オブ・バラード (Tough Love: Best of the Ballads) |
ユニバーサルミュージック (ゲフィン・レコード) |
109 | — | 42 | — | — | — | 99 | |
| マキシマム・ベスト (The Essential Aerosmith) |
ソニー・ミュージック (コロムビア・レコード) |
104 | — | — | — | — | 44 | 52 | ||
| 2023年 | グレイテスト・ヒッツ (Greatest Hits) |
ユニバーサル・ミュージック | — | — | — | — | — | — | 48 | |
| "—"は、チャートイン不明な場合を表す | ||||||||||
| 発売年 | タイトル | レコード会社 | ゴールドディスク |
|---|---|---|---|
| 1978年 | テキサス・ジャム '78 (Live Texxas Jam '78) |
コロムビア・レコード | * RIAA:ゴールド |
| 1987年 | Aerosmith Video Scrapbook | * RIAA:ゴールド | |
| 1988年 | Permanent Vacation 3x5 | ゲフィン・レコード | * RIAA:ゴールド |
| 1989年 | Things That Go Pump in the Night | * RIAA:プラチナム | |
| 1994年 | メイキング・オブ・パンプ (The Making of Pump) |
* RIAA:ゴールド | |
| Big Ones You Can Look At | * RIAA:ゴールド * BPI:ゴールド | ||
| 2004年 | ユー・ガッタ・ムーヴ (You Gotta Move) |
コロムビア・レコード | * RIAA:4×プラチナム |
| 2013年 | ロック・フォー・ザ・ライジング・サン (Rock for the Rising Sun) |
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