アサイラム・レコード

アサイラム・レコード
創業者 デヴィッド・ゲフィン
エリオット・ロバーツ ウィキデータを編集
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アサイラム・レコード(Asylum Records)は、デヴィッド・ゲフィンとエリオット・ロバーツにより1971年に設立されたアメリカのレコード会社。

概要

デヴィッド・ゲフィンとエリオット・ロバーツは60年代末頃から、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングなどのミュージシャンのマネージメントを行っていた。その中にレコード・デビュー前のジャクソン・ブラウンがいたが、ブラウンはレコード会社となかなか契約を結ぶことができなかった。ゲフィンがアトランティック・レコードのアーメット・アーティガンに「ブラウンは金になりますよ」とすすめると、「金なら私は十分にある。どうして君は自分でレコード会社を作らないんだい? そうすれば君自身が金持ちになれるじゃないか」という返事が返って来た。これがきっかけとなりゲフィンは会社を設立することとなった。

ゲフィンが最初に声をかけたのは、彼が長い間マネージャーを務めていた友人のローラ・ニーロであった。ニーロは一旦承諾したものの、ゲフィンの知らないところでコロムビア・レコードと再契約を交わしてしまう。ゲフィンはニーロの仕打ちに対しショックを受け、何日も泣き暮らしていたという。

1971年9月15日、アサイラム・レコードから、最初のアルバムであるジュディ・シルの『Judee Sill』がリリースされる。同年10月、グレアム・ナッシュがプロデューサーを務めた「ジーザス・ワズ・ア・クロス・メイカー」がシングルカットされた。レコード番号は「AS-11000」。

1973年にニューヨークのエレクトラ・レコードと合併し、エレクトラ/アサイラムと社名変更したが、その後もエレクトラとアサイラムは別の事業部として、ニューヨークとロサンゼルスで別々にレーベル活動を行っていた。

アサイラムはカントリーロック系、シンガーソングライター系のミュージシャンを多く抱え人気を博したが、それらの音楽が下火となった1980年代には活動が停滞し、1989年にレーベル活動を終了した。アサイラムという名称はその後しばらくの間はカントリーのレーベル名として使われたが、現在はワーナー・ミュージック・グループ内の独立系レーベルの支援を行う部署の名称となっている。

沿革

主なアーティスト

アサイラム・レコードの邦楽アーティスト

1970年代、アサイラム・レコードの配給権を保持していたワーナー・パイオニアにより、同レーベルから発売された邦楽アーティスト。

脚注

  1. ↑ Mark Bego, Joni Mitchell (Lanham, MD, 2005, ISBN 978-1-58979-134-3), p. 106.
  2. ↑ Kort, Michele. Soul Picnic: The Music and Passion of Laura Nyro. Google Books 2017年4月12日閲覧。
  3. ↑ Lacy, Susan. “American Masters”. Inventing David Geffen. PBS. 2017年4月12日閲覧。
  4. ↑ Gilbert, Matthew (November 20, 2012). “‘American Masters’ profiles mogul David Geffen”. The Boston Globe.
  5. ↑ Gay, Verne (November 19, 2012). “'American Masters: Inventing David Geffen' review”. Newsday.
  6. ↑ 45cat - Judee Sill - Jesus Was A Cross Maker / Lady-O - Asylum - USA - AS-11000

参考文献

関連項目

外部リンク