キャラメル(英語:caramel [ˈkærəˌmɛl, ˈkærəməl])、カラメル(フランス語:caramel フランス語発音: [ka.ʁa.mɛl])は、砂糖の加熱する際の特定温度の呼称、または砂糖と牛乳を煮詰めて作るキャンディ菓子や製菓材料。
英語やフランス語の名称はポルトガル語の caramelo [kɐɾɐˈmɛlu]に由来する。#歴史と語源
"キャラメル"は英語読みで、"カラメル"はフランス語読み、と説明されることもある。
砂糖の温度変化上の呼称としては、英語では、キャラメルは115 - 121℃程度に熱したものをいう(これより温度が低いものはフォンダン(107 - 115℃程度)、温度が高いもの(140℃程度)はタフィーとなる)。一方、カラメルは190℃程度に熱した茶褐色の状態のものをいう。
素材で区別されることもあり、キャラメルは砂糖、生クリーム(または牛乳)、バター、蜂蜜を主な材料とするのに対し、カラメルは水と砂糖だけを煮詰めたものと説明されることもある。
カラメルは1000年ころ、アラブ人がサトウキビのシロップを加工する中で発明したと言われている。
(当時、サトウキビから抽出した砂糖は棒状に固めて取引されていたらしく)その形状が葦に似ていたからラテン語でCalamellus( "葦"の意)、略ではcalamusと呼ばれ、それがポルトガル語でcarameloとなりポルトガル語経由でフランス語(や英語)に広がったらしい。



基本的に鍋に砂糖と水を入れ加熱し、焦がしすぎないようよく観察しつつ温度を徐々に上げて作る。
英語圏では、用語が荒く、砂糖の温度変化上では、カラメルは190℃程度までに熱した茶褐色の状態のものをいい、ソースやコーラなどの着色に用いられる。
砂糖の温度変化上では、キャラメルは砂糖を115 - 121℃程度までに熱した状態をいい、直径6ミリ程度の粘り気のある泡が多く出ている状態をいう、とも。
なお、これとは別に、砂糖の温度変化上では165 - 180℃程度の淡褐色の状態のものをカラメルソースといい、カスタードプリンなどに利用される。

火を用いた調理法における化学反応の代表的なものとしてカラメル化反応がある。ショ糖を構成する還元糖であるd-フルクトース(d-Fru)とグルコース(Glc)は反応性が高く、水を加えずに加熱すると水飴状に溶けながら糖同士が脱水縮合して様々な構造の重合物が生ずるが、特にα結合したフルクトフラノース(Fruf)を含んだ化合物(α結合したFruf分子重合物)を生じて食感や味に変化を起こすとされる。
カラメルは、メイラード反応のメラノイジンほどではないが抗酸化作用を有し、一般に色が濃いほど抗酸化作用が強く、窒素含有量の多いものほど抗酸化作用が強くなる。
先述のように、砂糖と乳製品を一緒に煮詰めた菓子("乳製品を用いた砂糖菓子")もキャラメルと言う。以下ではそれについて述べる。
西暦900年頃にクレタ島の製糖所で作られるようになったとされる。これらは11世紀に十字軍によって(西)ヨーロッパに持ち帰られ、16世紀にはカトリーヌ・ド・メディシスによってフランスにもたらされた。
フランスで発展した砂糖菓子から、20世紀にアンリ・ルルー(fr:Henri Le Roux)は故郷ブルターニュ産の塩を用い塩バターキャラメルを作った。ブルターニュやノルマンディーは乳製品も豊富な土地柄であり、これを活かすことで現代のキャラメルは誕生することになった。

一方でそれとは別の経緯で、ラテンアメリカ世界ではドゥルセ・デ・レチェという、砂糖と牛乳を煮込んだきわめて柔らかいキャラメル(スプレッド状のキャラメル)が作られるようになった。起源については諸説あるようだが、一説によると1829年に当時のアルゼンチンの指導者フアン・マヌエル・デ・ロサスの邸宅で使用人が砂糖を入れた牛乳(Lechada)を火にかけていたところ、うっかり長時間放置してしまい、戻ってみると鍋の中身が茶色く煮詰まった濃厚なクリーム状に変化しており、こうして偶然の産物としてドゥルセ・デ・レチェが生まれた、という伝説のような話が伝わっている。他の歴史家は、16世紀のインドネシアまでその繋がりを遡り、スペインの植民地支配者を通じてフィリピン経由でアメリカ大陸にその技術が伝わったのではないかと示唆している。


日本では明治年間に国産キャラメルが発売。第二次世界大戦時に製造が中断されたが、1953年(昭和28年)に砂糖の統制が解除。菓子メーカーが一斉にキャラメルを発売し、ヘリコプターを使った広告宣伝活動が盛んに行われた。
地域の特産品を用いた地域商品や、生クリームを多量に用いる生キャラメルなどがある。
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