| フー・ファイターズ | |
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| 基本情報 | |
| 別名 |
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| 出身地 |
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| ジャンル | |
| 活動期間 | 1994年 - |
| レーベル | |
| 公式サイト |
foofighters |
| メンバー |
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| 旧メンバー |
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| ロゴ | |
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| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2006年 - |
| ジャンル | 音楽 |
| 登録者数 | 424万人 |
| 総再生回数 | 42億7961万1418回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 2026年10月8日時点。 | |
フー・ファイターズ(Foo Fighters)は、アメリカ合衆国出身のロックバンド。ポスト・グランジ・グループの一つで、ニルヴァーナの元ドラマー デイヴ・グロールを主宰に発足。グラミー賞に31回ノミネートし、同賞を15回受賞。アルバム総セールスは3,200万枚超、ニルヴァーナ時代も含めると1億枚にも及ぶ。
バンド名の由来は、第二次世界大戦戦中における未確認飛行物体を指すスラング用語「フー・ファイター」。略称は、「FF」(エフエフ)、日本では「フーファイ」。
この節の加筆が望まれています。 |

1994年秋、元ニルヴァーナのドラマーであるデイヴ・グロールは、かねてより作り続けていた楽曲を携えてレコーディング、ドラムの他にギター、ベースも演奏し、ほぼ独力でアルバムを完成させ、1995年にフー・ファイターズ名義でファースト・アルバム『フー・ファイターズ』をリリースする。
同時にバンドメンバーを集め、ギタリストにはニルヴァーナのツアー・メンバーだったパット・スメアを、リズム隊にはサニー・デイ・リアル・エステイトのネイト・メンデル(ベース)とウィリアム・ゴールドスミス(ドラム)を勧誘。グロール自身はボーカルとギターを担当するフロントマンとなった。
1997年には2作目の『ザ・カラー・アンド・ザ・シェイプ』をリリース。このアルバムのレコーディングでドラムパートの出来に満足していなかったグロールは、ロサンゼルスで録り直し、結果的にほとんどの曲でグロールがドラムを叩いた。ドラムのゴールドスミスは、グロールに「レコードは自分が叩くがバンドには残って欲しい」と言われるも、これに納得がいかず脱退。程なくしてスメアもツアーばかりの生活にモチベーションを失い脱退、代わりに旧友のフランツ・ストールが加入するが、バンドとしての一体感を得る事が出来ずに短期間で脱退してしまう。
1999年にはグロールとメンデルに、新ドラマーのテイラー・ホーキンスを加えたトリオ編成で『ゼア・イズ・ナッシング・レフト・トゥ・ルーズ』を発表。同年にオーディションの末、ギタリストのクリス・シフレットが加わったことで、ようやくメンバーが固定化された。
2006年にはツアーメンバーとしてパット・スメアが参加し、後に正式にバンドへ復帰した。
2011年、ドキュメンタリー映画『バック・アンド・フォース(Foo Fighters: Back and Forth)』公開。公開当時結成16年の歴史を振り返るドキュメンタリー。歴代のバンドメンバーも出演し、それぞれの言葉でバンドの歴史が語られる。2011年4月5日に行われた最新アルバム『ウェイスティング・ライト』の全曲を演奏したライブの模様を3Dカメラで撮影した「3Dライブ」も同時上映された。監督はアカデミー賞ドキュメンタリー部門受賞のジェイムズ・モール。
2022年3月26日(現地時間25日)、ドラマーのテイラー・ホーキンスが亡くなったことが、バンドの公式SNSから発表された。50歳没。バンドは南米ツアーの最中で、当日はコロンビアのボゴタでの公演を予定していた。死因は現時点では明らかになっていない。遺体からは薬物が検出された。 バンドは9月にイギリスとアメリカでテイラーのトリビュートライブを開催する。
※2025年7月時点
創設メンバー主宰者。元ニルヴァーナ、元スクリーム。
ミー・ファースト・アンド・ザ・ギミー・ギミーズにJake Jackson名義で参加。元ノー・ユース・フォー・ア・ネイム。
使用機材はフェンダー・Chris Shiflett Telecaster Deluxe等。
創設メンバー。ニルヴァーナ元サポートメンバー。元ジャームス。
創設メンバー。元サニー・デイ・リアル・エステイト。
元ザ・ウォールフラワーズ。
ナイン・インチ・ネイルズの元サポートメンバー。
元スクリーム/ウール。
J (ミュージシャン) のバンドでギタリストを務めた。
アラニス・モリセットの元サポートメンバー。

グラミー賞15回受賞はU2(22回受賞)に次いでグループ歴代2位。
2006年4月、オーストラリアのタスマニア州で、事故により炭鉱に作業員が閉じ込められる。地下に閉じ込められてしまったトッド・ラッセルとブラット・ウェブの2人は、レスキュー隊が渡してくれた音楽プレイヤーで、フー・ファイターズの曲を聴きながら救助を待ったという。当時この事故を知ったデイヴは、「彼らが助け出されたら、コンサートのチケットとビールを振舞いたい」と話した。その後、オーストラリア・ツアーでデイヴは2人と対面。約束通りビールを振る舞ったという。アルバム『エコーズ、サイレンス、ペイシェンス・アンド・グレイス』には、その出来事を歌った曲も収録されている。
1995/12/06 CLUB CITTA'川崎
1995/12/07 CLUB CITTA'川崎
1995/12/08 大阪 BAYSIDE Jenny
1995/12/09 大阪 松下IMPホール
1995/12/10 名古屋 Club Quattro
1995/12/11 池袋 HMV Metropolitan Plaza
1995/12/12 新宿 LIQUIDROOM
1997/07/26 FUJI ROCK FESTIVAL ’97
1998/01/21 赤坂 BLITZ
1998/01/24 名古屋 クラブダイアモンドホール
1998/01/25 大阪 松下IMPホール
1998/01/31 新宿 LIQUIDROOM
2000/07/28 FUJI ROCK FESTIVAL 00
2002/09/12 新宿 LIQUIDROOM
2003/02/07 ワールド記念ホール
2003/02/08 幕張メッセ
2005/05/26 台場 studio DREAM MAKER
2005/07/25 FUJI ROCK FESTIVAL 05
2006/12/01 新宿 厚生年金会館
2006/12/04 日本武道館
2006/12/05 大阪城ホール
2008/04/13 幕張メッセ
2008/04/15 Zepp Osaka
2008/04/16 Zepp Osaka
2012/03/05 渋谷AX (デイヴ・グロールの体調不良により本公演、横浜アリーナ含め全5公演中止)
2015/07/14 FUJI ROCK FESTIVAL 15
2017/08/19 SUMMER SONIC OSAKA 17
2017/08/20 SUMMER SONIC TOKYO 17
2023/07/29 FUJI ROCK FESTIVAL 23
2025/10/07 さいたまスーパーアリーナ
2025/10/08 さいたまスーパーアリーナ
2025/10/10 GLION ARENA KOBE