KSBKは、かつて琉球放送がアメリカ合衆国統治下の1955年に開始した英語放送。1972年の本土復帰後にJOROと改称したが、翌1973年に廃止となった。
ニュース素材は、APやUPIの通信記事を使う一方で、沖縄ローカルのニュースも英語で取り上げていた。
また民間放送として自由な放送を行い、放送する音楽もよりロック色が強く、沖縄のミュージシャンにも大きな影響を与えたとされる。
純然たる現地資本だけでアメリカ人を雇用し、アメリカ本土の主要レコード会社と契約を結び、毎週の新譜を空輸していた。また、毎時放送されているニュースはAPやUPIのニュースをテレタイプで直接受信していた。 当時の沖縄は琉球列島米国民政府(USCAR)の統治下にあったため、放送内容もUSCARによる検閲を受けていたが、その中でも米国人スタッフたちは検閲をかいくぐるように米軍による強制収容問題などを取り上げていたという。
また琉球放送の日本人アナウンサー(川平朝清など)も一部の番組を担当していた。