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ETech 2008 で講演するローレンス・レッシグ | |
| 人物情報 | |
|---|---|
| 全名 |
ローレンス・レッシグ Lawrence Lessig |
| 生誕 |
1961年6月3日(65歳) |
| 学問 | |
| 時代 | 20世紀 - 21世紀 |
| 活動地域 |
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| 研究分野 |
法学 憲法学 サイバー法学 情報法 |
| 研究機関 |
ハーバード大学 スタンフォード大学 シカゴ大学 |
| 特筆すべき概念 | クリエイティブ・コモンズ |
| 主要な作品 |
『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 『コモンズ―ネット上の所有権強化は技術革新を殺す』 『Free Culture―いかに巨大メディアが法をつかって創造性や文化をコントロールするか』 その他多数 |
| 主な受賞歴 | フリーソフトウェア財団フリーソフトウェア推進栄誉賞 |

ローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig、1961年6月3日 - )は、アメリカ合衆国の法学者。専門は憲法学及びサイバー法学。ハーバード大学法学教授およびエドモン・J・サフラ財団倫理センター所長。
ペンシルベニア大学ビジネス・スクール、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、イェール大学ロー・スクールで法学を専攻した。専門は憲法学およびサイバー法学。著作権の拡大に対する批判で知られる。
スタンフォード大学に移る前は、ハーバード大学及びシカゴ大学のロー・スクールで教えていた。政治的にはリベラルだとみられているが、非常に保守的なことで知られるリチャード・ポズナー判事とアントニン・スカリア判事のロー・クラークを務めていたこともある。
エルドレッド・アシュクロフト裁判(Eldred v. Ashcroft)で原告のエリック・エルドレッド(Eric Eldred)の代理人を務め、フリー・カルチャー(Free Culture)のコンセプトを打ち出した。また、フリーソフトウェア運動も支持している。フリーソフトウェア財団と自らが設立したクリエイティブ・コモンズの理事を務めている。
ソフトウェア特許がオープンソースとイノベーションの脅威になると予想しており、2002年に行われたOSCONのスピーチではこの話題がおよそ半分を占めた。
2002年には、フリーソフトウェア財団のフリーソフトウェア推進栄誉賞を受賞した。2004年4月よりフリーソフトウェア財団の理事をつとめる。
2009年、ハーバード大学ロー・スクール教授及びエドモン・J・サフラ財団倫理センター所長を務める。
2015年8月11日、クラウドファンディングによる選挙資金100万ドルの獲得を条件として次期米国大統領選挙への立候補を検討すると発表した。
9月6日、民主党6人目の候補として出馬意向を表明した。ABCの番組で「我々は政府が機能していないことを認識すべきだ」と強調した上、選挙資金や選挙権などの政治改革の実現を目指すとし、大統領になって関連法が実現すれば、大統領職を副大統領に譲るとした。しかし副大統領に誰を指名するかについては言及しなかった。
11月2日、2016年アメリカ合衆国大統領選挙からの撤退を表明した。
レッシグは1990年代後半に登場したサイバー法(cyberlaw)という分野の形成に中心的な役割を果たした。1999年の著書『CODE』(Code and Other Laws of Cyberspace)で示した「コードは法である」(code is law)という命題は、現代の規制理論において最も広く論じられる主張の一つとなった。
レッシグは、サイバースペースは本来規制不可能で自由な空間だとする1990年代の「サイバーリバタリアン」的な見方に異議を唱え、ソフトウェアやハードウェアの構造(アーキテクチャ)そのものが、法と同様に人々の行動を規律する力を持つと論じた。この立場は、サイバースペースも規制の対象となりうるとする「サイバーパターナリスト」の系譜に位置づけられる。
レッシグによれば、現実空間とサイバースペースのいずれにおいても、人々の行動は法、社会規範、市場、アーキテクチャ(コード)という四つの要素によって規律される。この枠組みは「哀れな点の理論」(pathetic dot theory)として知られる。彼は、オンライン環境では特にアーキテクチャによる規制が強力に作用すると指摘し、コードの商業化・私有化が「法の私有化」をもたらす危険を警告して、オープンソース・ソフトウェアの意義を擁護した。
レッシグは2000年代を通じて、著作権保護期間の延長や知的財産権の過度な拡大が、創造性とイノベーションを阻害すると一貫して批判した。エルドレッド対アシュクロフト事件では原告側の代理人を務め、ソニー・ボノ著作権延長法の違憲性を最高裁で争ったが、敗訴した。これらの活動を通じて彼は「フリーカルチャー」(Free Culture)という概念を提唱し、自らクリエイティブ・コモンズを共同設立して、その創設理事を務めた。
2007年前後、レッシグは著作権やインターネット政策の研究から、政治腐敗(institutional corruption)の問題へと研究の重心を大きく移した。この転換は、インターネット活動家アーロン・スワーツとの対話がきっかけだったとされる。スワーツは、政治の仕組みが腐敗しているかぎり著作権をはじめとする政策改革は実現しないのではないかとレッシグに問いかけ、「学者としてではなく、市民としてあなたの分野だ」と説いたという。
レッシグは、デジタル著作権の問題から離れ政治腐敗の研究に専念すると表明し、当時のテクノロジー政策の専門家を驚かせた。彼は、金銭が政治に及ぼす腐食的な影響に対処しないかぎり、左右いずれの立場の改革も前進しえないと主張した。レッシグは2010年、ハーバード大学エドモン・J・サフラ倫理センターの制度的腐敗研究ラボ(Edmond J. Safra Research Lab on Institutional Corruption)を率い、政治の仕組みが公共生活に及ぼす制度的腐敗を研究するプログラムを監督した。スワーツは2010年から2011年にかけて同ラボの研究フェローとなり、レッシグの指導のもとで政治腐敗に関する実証的・民族誌的研究に取り組んだ。
2013年のスワーツの死後、レッシグはロイ・L・ファーマン記念法学・リーダーシップ教授就任記念講演「Aaron's Laws: Law and Justice in a Digital Age」をスワーツに捧げ、コンピュータ詐欺・不正利用防止法に基づく訴追の過剰さを批判した。2014年1月には、スワーツの一周忌に合わせて選挙資金改革を訴え、ニューハンプシャー州を徒歩で縦断する運動を行った。
レッシグは、現代の選挙資金をめぐる腐敗は、賄賂のようなあからさまな「見返り(quid pro quo)」型ではなく、政治家が再選資金の調達に常に追われ、少数の大口献金者に依存せざるをえない構造そのものにあると論じている。こうした問題意識は、著書『Republic, Lost』(2011年)に結実した。
レッシグの近年の活動を理解するには、その前提となるアメリカの選挙資金制度と、それをめぐる連邦最高裁の判例の流れを押さえる必要がある。日本と異なり、アメリカでは選挙運動への金銭の支出が憲法修正第1条の保障する「言論の自由」の問題として扱われる。1976年のバックリー対バレオ事件判決以降、連邦最高裁は選挙資金規制の合憲性を評価する枠組みを確立し、献金(contribution)と支出(expenditure)への規制はいずれも憲法修正第1条上の政治的表現・結社の権利に関わるものとされてきた。
以来、規制の可否は繰り返し憲法訴訟の対象となっており、近年の連邦最高裁は規制を違憲とする判断を重ねている。たとえば2026年6月にも、政党が候補者と協調して行う支出への上限を、政党の言論の自由を侵害するとして違憲とした。
現代の選挙資金法は、ウォーターゲート事件後の1974年に連邦議会が制定した厳格な規制に始まる。しかし、1976年のバックリー対バレオ事件判決で、連邦最高裁は、選挙に影響を与えるために支出される金銭は一種の「言論」にあたると判断し、政治献金や支出への規制を原則として憲法修正第1条の問題と位置づけた。
同判決は、献金(candidate に直接渡す contribution)への上限は認めたが、支出(expenditure)への制限の多くを違憲とし、規制を正当化しうる唯一の理由を、賄賂に類する「見返り(quid pro quo)」型の腐敗の防止に限定した。
この「金銭は言論である(money is speech)」という原則が、以後のアメリカの選挙資金をめぐる議論すべての土台となっている。
2010年のシチズンズ・ユナイテッド対連邦選挙委員会事件判決で、連邦最高裁は、企業や労働組合による「独立支出」(候補者や政党に直接渡さない政治的支出)の制限を撤廃した。法廷意見を書いたアンソニー・ケネディ判事は、外部団体による独立支出は「腐敗ないし腐敗の外観を生じさせない」と述べた。その数か月後、下級審であるコロンビア特別区巡回区控訴裁判所はスピーチナウ対連邦選挙委員会事件判決でこの論理を献金にも拡張し、候補者への直接献金を行わない団体への寄付制限を無効とした。こうして、資金源から無制限に寄付を集め、無制限に支出できる新種の政治団体「スーパーPAC」(Super PAC)が誕生した。
スーパーPACは、候補者本人への献金上限(2020年時点で1人あたり数千ドル規模)を超える金額を出したい富裕な献金者のための受け皿として機能する。法律上はスーパーPACは候補者の陣営から独立して活動しなければならないが、実際には陣営と密接に連携する例が多く、単一の候補者を支援するために設立され、その候補者の元側近が運営するスーパーPACも珍しくない。
スーパーPACの資金の多くは、少数の富裕な「メガ献金者」に由来する。また、寄付者を開示しない非営利団体(税法上の501(c)(4)団体など)を経由することで資金源を隠す「ダークマネー」(dark money)と呼ばれる手法も広がった。選挙における外部支出は、2008年の約1億4400万ドルから2024年には42億ドル超へと、約28倍に増加したとされる。現在の連邦議会議員は全員が、このシチズンズ・ユナイテッド以後の制度のもとで当選しており、制度は政治の現状に深く組み込まれている。レッシグが取り組む改革が容易でないのは、こうした構造が判例と実務の両面で強固に定着しているためである。
レッシグが問題と認識するのは、札束を手渡すような露骨な賄賂ではない。彼が「制度的腐敗」(institutional corruption)と呼ぶ、政治家が再選のための資金集めに膨大な時間を費やし、少数の大口献金者に構造的に依存せざるをえない仕組みそのものである。レッシグは、この種の腐敗を、犯罪者による腐敗よりもはるかに重大でありうると位置づけ、「腐敗を悪人の行う行為とみなす伝統的な捉え方」を超えて概念を拡張する必要があると論じる。個々の政治家が悪人なのではなく、善意の人々でも制度によって歪められるという理解である。
彼はこの概念を学術的にも定式化し、2010年にハーバード大学エドモン・J・サフラ倫理センター所長として、制度的腐敗を主題とする5年間の研究プロジェクトを立ち上げた。この研究は、議会、金融、メディア、学術界といった複数の領域における制度的腐敗を分析するものだった。
レッシグがこの問題を「あらゆる改革に先行する最重要課題」と位置づけるのは、金銭が政治を動かしている限り、気候変動対策であれ税制改革であれ、左右いずれの立場が望む改革も前進しえないと考えるからである。彼はこの問題を、特定の党派の争点ではなく、保守、またはリベラルの双方が共有すべき超党派的な課題として訴えている。この確信は、彼の研究の重心が著作権から政治腐敗へ移る決定的な契機となった、インターネット活動家アーロン・スワーツとの2007年前後の対話にさかのぼる。
一見すると、著作権やインターネット法から選挙資金改革への移行は、まったく無関係な分野への転身に見える。しかしレッシグの思想には一貫した中心的な発想があり、それが両者を貫いている。
その発想とは、人々の行動を規律しているのは明示的なルールだけではなく、その背後にある「構造」(アーキテクチャ)であるという視点である。1999年の著書『CODE』でレッシグは、サイバースペースにおいて人々の行動を規律するのは、法、社会規範、市場、アーキテクチャ(コード)という四つの要素であり、なかでもソフトウェアやハードウェアの構造そのものが、目に見えにくい形で最も強力に行動を方向づけると論じた。すなわち「コードは法である」(code is law)という命題である。ここで彼が着目したのは、個々の行為者の善悪ではなく、選択の余地をあらかじめ枠づけてしまう構造の力であった。
政治腐敗の分析においても、レッシグは同じ視座を用いている。彼が「制度的腐敗」で問うのは、賄賂を受け取る個々の政治家の悪意ではなく、資金調達への依存という構造が、議員全体の関心や判断をあらかじめ特定の方向へ歪めてしまう仕組みである。『CODE』でアーキテクチャが人々の行動を規律したのと同様に、選挙資金という「構造」が政治家の行動を規律している、という理解である。したがって彼の関心は、初期から一貫して、目に見えるルールの背後で人々の選択を条件づける構造そのものの分析と是正にあったといえる。
単行本については、最新作であるRepublic, Lostを除き、邦訳されたものが日本で発売されている。