| マンドゥ・ディアオ | |
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| 基本情報 | |
| 出身地 |
ボーレンゲ |
| ジャンル |
オルタナティブ・ロック ガレージロック・リバイバル ブルースロック インディー・ロック |
| 活動期間 | 1995年 - |
| レーベル |
Nettwerk ミュート EMI Majesty Sony Music Sweden Universal |
| 公式サイト | www.mandodiao.com |
| メンバー |
ビヨルン・ディクスクウォット カール・ヨハン・フォーゲルクロウ ダニエル・ハグランド パトリック・ヘイキンピエティ |
| 旧メンバー |
フレドリック・ニルソン アントン・グランストローム サミュエル・ギールス マッツ・ビヨルク グスタフ・ノリアン |
マンドゥ・ディアオ (Mando Diao) は、スウェーデン、ダーラナ県ボーレンゲ市出身のガレージロック・バンドである。メンバー全員ビートルズが好きで、「ア・ハード・デイズ・ナイト」をカバーしている。世界中でツアーを行っており、スウェーデンのほかにドイツ、日本で人気が高い。
1990年代半ば、ビヨルン・ディクスクウォットとダニエル・ハグランドが前身バンド、バトラー (Butler) を結成。メンバーは流動的であったが、1996年グスタフ・ノリアンがバンドに参加、1999年にカール・ヨハン・フォーゲルクロウとサミュエル・ギールスが加入して本格的に活動を行うようになる。ビヨルンとグスタフは、避暑用別荘で14か月間、曲を書くことに費やした。オリジナルなインスピレーションの源泉としてビートルズを挙げている。2人はバンド名を「マンドゥ・ディアオ」と変更。由来はビヨルンの夢に出てきた言葉で、特に意味は無い。 現在のバンド名「マンドゥ・ディアオ」となったバンドは、地元ボーレンゲのクラブで1999年にライヴを行い、地元紙に「ベスト未契約バンド」として紹介される。その後、すぐにEMIスウェーデンと契約し2002年アルバム『ブリング・エム・イン』をリリースし、地元のバンド(The Hellacopters や Kent)と一緒にスウェーデンや他の北欧諸国ツアーを開始した。
2003年4月、ダニエル・ハグランドが脱退し、マッツ・ビヨルクが参加。
2005年、ザ・ブレイヴリーのサポートを行った。2006年のヨーロッパ・ツアーでは、レイザーライト、ヨノッシー、ダーティ・プリティ・シングス、ラリキン・ラヴと共演した。
2007年1月、スウェーデン・ウメオのオペラハウスでのライブ中、床が抜け観客が怪我をするという事故が起きた。バンドはウメオに留まり、入院したファンを個人的に見舞った。
2007年、初のヘッドライナーとして、ライブ・アース(ドイツ、ハンブルク)に出演。
2007年の終わりに、ビヨルン・ディクスクウォットはヨーロッパ・ソロ・コンサートを行った。
2010年、MTVアンプラグドに出演。レコーディングを終えた2011年1月、サミュエル・ギールスが脱退。ドラムエンジニアだったパトリック・ヘイキンピエティが加入。
2011年、脱退していたダニエル・ハグランドがサポートとして再加入。その後、正式メンバーとなる。
2012年、スウェーデンの著名な詩人グスタフ・フレーディン(Gustaf Fröding)の没100年を記念して、フレーディンの詞に曲を付けた「Infruset」をリリース。母国スウェーデンで初となるアルバムチャート第1位を獲得。最も成功したスウェーデンのバンドとして高い評価を得、プラチナアルバムに4度輝き、2013年のスウェーデングラミー賞でベストフォークグループ、2013年のロックビヨルネン(Rockbjönen)でベストライブグループ賞を受賞した。アルバムは2012年11月から2014年9月まで97週間、スウェーデンのチャート入り。シングル「Strövtåg I Hembygden」は、2014年10月に連続100週間トップ10入りを果たした。
2014年10月16日、地元ボーレンゲの近くのファルン(スウェーデン)で行われる2015年スキー世界選手権のために「Love Last Forever」を提供。
2014年11月、マッツ・ビヨルクが脱退(本人の弁によるものであり、このことに関してバンドは何も発言していない)。
2015年6月、公式サイトでビヨルン・ディクスクウォットが「マンドゥ・ディアオはグスタフ・ノリアンと道を分かつことになった」と発表。その後はグスタフ抜きで、既に決定していたフェスティバルに予定どおり出演、また新しく決まったフェスティバルに出演している。2015年6月27日の地元スウェーデンのフェスティバルKiruna Festivalenから、Mofeta & JerreのJens Siverstidtがサポートギタリストとして参加。
2010年頃から、グスタフとビヨルンは5thアルバムギヴ・ミー・ファイア!のプロデューサーであるサラザール・ブラザーズの誘いにより、アート集団カリゴラ(Caligora)に参加。ミュージック部門の活動として、ファースト・シングル、「Sting of Battle」を2011年12月にリリース 、アルバム 「Back to Earth」を2012年2月にリリースした。セカンド・シングルの「Forgive Forget」は2012年5月、ドイツでゴールド・ディスクを獲得。アルバム「Back to Earth」は、「Back to Earth - Resurrection」として新たにレコーディングした8曲を加え2012年11月に再発している。また、2012年には、ポール・ヴァン・ダイク(Paul van Dyk)のアルバム「Evolution」の10曲目に、「If You Want My Love」を提供した。