この記事は英語版の対応するページを翻訳することにより充実させることができます。(2026年2月) 翻訳前に重要な指示を読むには右にある[表示]をクリックしてください。
|
| メタリカ | |
|---|---|
|
2024年のラインナップ | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
|
| ジャンル | |
| 活動期間 | 1981年 - |
| レーベル | |
| 公式サイト | https://www.metallica.com |
| メンバー | |
| 旧メンバー |
|
| ロゴ | |
|
| |
メタリカ(英語: Metallica)は、アメリカ合衆国出身のヘヴィメタル・バンド。1981年に同国西海岸にて結成。2019年までにアルバム総売上枚数が世界中で1億2000万枚を記録するなど、ヘヴィメタルバンドとして世界的に最も成功を収めた。同時期に活躍したメガデス、アンスラックス、スレイヤーとともに「スラッシュ・メタル四天王」の一角として認知されている。
『グラミー賞』で8度受賞(18度のノミネート)し、2009年に『ロックの殿堂』入り。ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」では61位にランクし、同誌の読者が選出した「最高のメタル・バンド ベスト10」では1位を記録。ウォール・ストリート・ジャーナルの「史上最も人気のある100のロックバンド」では8位にランクした。
Metallicaはラテン語で「金属」という意味である。ラーズの友人であるプロモーターのロン・クインターナが新しいメタル雑誌の名前を『Metallica』にしようとした際、ラーズが別の名前『Metal Mania』を提案し、『Metallica』という名前を自分とジェイムズが始めたバンド名(本バンドのこと)にすることに決めた。



バンドは広くヘヴィメタルに分類され、スラッシュメタルの先駆者とも称されることもあるが、時代の音楽性の変遷ととも楽曲の構成が変化していくことも大きな特色となっている。
1983年のデビュー作『キル・エム・オール』ではダイアモンド・ヘッドなどのNWOBHMとモーターヘッドの両者の影響を存分に受けた、ハードコア的でもあるヴァイオレントさの横溢するスピードメタルの作品。レコーディングメンバーは、ジェイムズ・ヘットフィールド、ラーズ・ウルリッヒ、カーク・ハメット、クリフ・バートンの四人だが、デモ版はリードギターをデイヴ・ムステインが、ベースをロン・マクガヴニーが担当していた。しかし、前述のトラブルによりアルバム正式発表前に両者とも脱退したため、カークとクリフに変更して再レコーディングされた。その為、収録曲のいくつかのギターソロがデモ版とアルバム版で異なっている。
1984年の2作目『ライド・ザ・ライトニング』、1986年の3作目『メタル・マスター』では音楽スクール出身のクリフが作曲に携わったことで、叙情的なフレーズが多く盛り込まれ、楽曲に構成が持たらされた。
ベーシストがジェイソン・ニューステッドに交代した後の1988年の4作目『メタル・ジャスティス』でもそれが尊重され、より複雑な拍子の楽曲が多く収録されるなどの意欲的作品となっているが、その一方でベースのサウンドが全く聞こえないことなどで一部批判的な反応もあった。
1991年の5作目『メタリカ』(通称『ブラック・アルバム』)は、メタリカの人気を不動のものにした大きなターニングポイントとなる作品となる。多くの収録曲がスピードよりもグルーヴを重視した作風に変化し、当時のヘヴィメタルに留まらず、後のニューメタルやラウドロック等のロック・シーンに多大な影響を与えた。
このグルーヴへの傾倒は、1996年の6作目『ロード』、翌1997年の7作目『リロード』において決定的となり、メンバーの音楽的なバックグラウンドを反映させた多彩なアプローチを盛り込んだオルタナティヴ・ロックに傾斜し、再びヘヴィメタルシーンにおいて広く影響を与える作品となった反面、この路線を受け入れられない旧来のファンも多く見られた。
1998年にはカバー・アルバム『ガレージ・インク』を発表。ダイヤモンド・ヘッド、シン・リジィ、レーナード・スキナード、ブラック・サバス、ミスフィッツなど27曲をカバー。ライブではいずれかの曲をよく披露する。

2003年発表の8作目『セイント・アンガー』は、現在においても彼らのキャリアの中で異色のアルバムであり、殆どがドロップC(ドロップD+1音下げ)のチューニングで演奏し、非常に重く仕上げられている。全曲を通じてギターソロがなく、リフだけに徹底して作りこまれている。制作当時は『リロード』まで在籍していたジェイソンが脱退し、ロバート・トゥルヒーヨが加入する直前であったためベーシストが不在で、プロデューサーのボブ・ロックがベースを弾いている。
2008年に発表された9作目アルバム『デス・マグネティック』では、リック・ルービンをプロデューサーに迎え、ロバートが参加する初のアルバムとなる。スラッシュメタルに回帰した、とメンバーは語っており、初期のような疾走感を強調した作風である。

ロバートは、5弦ベースをフィンガーで演奏するスタイルでバリエーションの広い表現が盛り込まれ、シンプルなリフが多く、プロモーションも手助けし広い分野でのアーティストから高く評価される1枚になっている。
2011年に、ルー・リードと共作のアルバム『LuLu』を発表。全曲を通じて、メタリカのヘヴィなサウンドにルーの独特な歌い回しを乗せるもので、昨今のロックシーンをリードした人物同士によるコラボレーション作品として、高い評価を得ている。またこのアルバムでのサウンド作りは、後述するアルバム2つの基盤にもなっている。
2016年に10作目『ハードワイアード…トゥ・セルフディストラクト』が8年振りに発表される。本作品は前作よりもシンプルなリフ構成で作られ、ストレートでキャッチーなリフやメロディの楽曲が多く、発売から数か月間で全世界140カ国の音楽チャートで1位を記録した。また、2015年12月に他界したレミー・キルミスターへ捧げた「Murder One」も収録。
歌詞の題材は、自己の内面や死、孤独、狂気、核戦争、司法システムの矛盾、表現の自由などシビアな内容が多く、その中で文学作品や映画からのインスパイアも少なくない。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーは、「彼らは、どのラブ&ピース・バンド以上に、人々をひとつにした」と評している。
1980年代のMTV黎明期にあって、4thアルバムまでビデオクリップ制作をしなかった。また、過激な音楽性であったため、大手ラジオ局でもほとんどエアプレイされなかったが、バンドを『ファンとの共同体』と位置づけ、ひたすらツアーを重ねることでファンのクチコミにより人気を獲得。コンサートの動員力も高く、1990年代の北米でのコンサート動員数で1位を記録する。また、大手マネージメントQプライムに10年以上マネージメントを任せてきたことも、成功に寄与している。
2000年4月にナップスターおよび大学3校を相手取り、著作権侵害、デジタル音楽ソフトの違法使用及び不正組織防止条例の違反で訴えを起こす。「メタリカはBIGになって金の亡者となった」と非難を受ける一方、ミュージシャン側からは「メタリカの主張に賛同する」という動きが出るなど、一連の社会問題に発展。同年7月にナップスターの運営するウェブサイトに対して北カリフォルニア連邦地裁が閉鎖命令を下すものの、2001年2月にサンフランシスコ第9巡回区連邦控訴裁判所が北カリフォルニア連邦地裁の判決を覆し、サイトの継続を認める判決を下す。2001年7月に、メタリカとナップスターが双方歩み寄る形で決着。詳細は公表されなかった。なお、アル・ヤンコビックが2006年に『Don't Download This Song』という楽曲でこの論争に触れている。
テレビ朝日系列で放送されていたタモリ倶楽部内の空耳アワーにおいて、メタリカの採用作品数は群を抜いて多い(42作品)。特にBlackendの「バケツリレー 水よこせ」やEnter the sandmanの「千代田生命へ行こう」などの空耳が有名である。



