Micral

Micral(ミクラル)は1973年に発売されたMicral Nを始めとするマイクロコンピュータのシリーズ。フランスの企業 Réalisation d'Études Électroniques (R2E(フランス語版)) によって製造・販売された。コンピュータ歴史博物館によれば、1973年2月ころに出荷が始まったMicral Nは最初期の商用完成品マイクロコンピュータ(パーソナルコンピュータ)であるとされている。

Micral N

Micral N
シテ科学産業博物館に展示されているMicral
開発元 R2E(フランス語版)
種別 世界初の完成品マイクロコンピュータ

Micral N(ミクラル・エヌ)はCPUとしてIntel 8008を使ったコンピュータである。

開発経緯

最初のモデルであるMicral Nは、1972年6月にR2Eの創業者アンドレ・トゥルオン (André Truong) によって、フランス国立農学研究所(Institut national de la recherche agronomique、 略称 INRA) からの要請("PDP-8より安価"という条件を満たす蒸発散量の測定・計算システムを実現してくれ、という内容のもの)を受けて開発された。

1972年に最初のプロトタイプが開発された。それは8ビットのマイクロプロセッサ Intel 8008を500 kHzで動かし、2KBのRAMを搭載し、"Pluribus"(プリュリブス)という名の74ピンのバスを11または22スロット搭載するものである。このバスのおかげで、様々な拡張カードをスロットに挿して機能拡張したり、あるいはカードを別のカードに変更することで容易に機能変更できる。フロントパネルのスイッチで制御するシステムコンソールのオプションも用意された。つまりMicral Nはカスタマイズ可能なマシンである。

プログラミングはTTYまたはモデムから行う。開発チームのBenchetritはモニタプログラムのMONIC (正式名称 Monitor Micral 01) とアセンブラのASMIC (正式名称 Assembler Micral 01) をROMで供給した。

国立農学研究所(INRA)への納期の目標は当初は1972年12月30日と設定され開発チームは仕事に集中し、1973年1月15日に納品され契約書が交わされた。そしてこの機種は、翌月の(1973年)2月にはMicral Nという名で市販を開始した。Micral Nは1972年当時のミニコンと比較してかなり低価格の8500フランス・フランで販売された。

本機はよく売れ、R2E社は利益を上げ、後述する後継機も開発されてゆくことになった。

本機は現在、フランスパリのフランス国立工芸院や、アメリカのコンピュータ歴史博物館で、マイクロコンピュータの最初期の機種として展示されている。

Micral G およびMicral S

Micral S

1974年にR2EからリリースされたCPUにIntel 8080(クロック周波数 1 MHz)を使うコンピュータ。

Micral M

1976年にリリースされた、分散システムであり、最大8台のMicral S(上述)を統合したユニークなアーキテクチャ。

Micral C

1977年にリリースされた、ディスプレイおよびフロッピーディスクドライブ(FDD)を一体化したコンピュータ。

Micral V

1978年にリリースされたスーツケース型のポータブルなコンピュータ。


OSについて

フィリップ・カーンがMONICの後継にあたるSYSMICの開発に従事した。カーンとチュオンの付き合いは1980年代から1990年代まで続き、その間カーンはボーランド、Starfish Software(英語版)、Lightsurf Technologies(英語版)を設立した。チュオンはカーンとともにStarfish Softwareで同期化ソフトウェアの開発に従事した。

Micralのオペレーティングシステム「SYSMIC」は1978年に「Prologue」へ改名された(フランス語版)。Prologueはリアルタイム・マルチタスク処理が可能で、マルチユーザーをサポートしていた。

Micralは後にCP/MやMS-DOSをサポートするようになり、やがてIBM PC互換機へシフトした。

R2E社の買収、ブランド名変更、新機種開発・販売の継続

1978年、R2EはCII-Honeywell Bull社(個人用コンピュータの早期開発に取り組んでいた会社)に買収・吸収され、1983年にブランド名もBull Micralに変更された。ただし、筐体に "Micral"だけが目立つよう表示され"Bull"は省略し見えない機種もあった。それを購入したユーザは本シリーズを従来どおり "Micral" と認識していた可能性は高い。

買収後の機種のギャラリー

参考文献

脚注

注釈
  1. ↑ 当時の大型コンピュータやミニコンは、納入時に契約書を正式に交わすということが一般的だった。そして契約書は保存されるものなので、コンピュータ史の記述をできるだけ厳格に行う人は、"現存する確かな証拠" として使い、その日付に言及することも多い。
出典
  1. ↑ “Le saviez-vous : le premier micro-ordinateur de l'histoire est né de la rencontre entre l'agronomie et l'informatique - Agrisalon”. www.agrisalon.com. 2015年11月23日閲覧。
  2. ↑ Un PDP-8 4K coûte en 1972 près de 45,000 FF soit 43,026 euros en 2011, calcul effectué via le site France Inflation.
  3. ↑ “Rencontre avec François Gernelle” (フランス語). Le Petit Versaillais 12: 9-10. (2014-12).
  4. ↑ Rodriguez François (Coord.); Vignolle Jean (Coord.) (April 1998) (フランス語). Histoire de l'informatique : actes du V colloque, Toulouse, 28-30 avril 1998. Cépaduès
  5. ↑ Réalisations Études Électroniques (英語). http://bitsavers.org/pdf/r2e/MICRAL_N_Users_Manual_Jan74.pdf
  6. ↑ De type Teletype ASR-33, utilisable avec des cartes ou du ruban perforé.
  7. ↑ Philippe Chatelin et Pierre Mounier-Kuhn, Colloque sur l'histoire de l'informatique en France, 1990 - (lire en ligne)
  8. ↑ “Micro-ordinateur dit "MICRAL N"” (フランス語). Conservatoire national des arts et métiers, recherche sur les collections. 2015年11月23日閲覧。
  9. ↑ “Desktop computer - Micral”. Computer History Museum, recherche sur les collections. 2015年11月25日閲覧。
  10. ↑ (英語) InfoWorld. InfoWorld Media Group, Inc.. (1979-02-28). p. 16 2015年11月26日閲覧。
  11. ↑ “Recherche sur la marque Micral”. Office de la propriété intellectuelle du Canada. 2015年11月27日閲覧。