ランダムウォーク

2次元ランダムウォークの軌跡。

ランダムウォーク(英: random walk)は、次の値が「今の値 + 確率的な値」となる離散時間確率過程である。酔歩(すいほ)、乱歩(らんぽ)とも。

グラフなどで視覚的に測定することで観測可能な現象で、この時の運動の様子は一見して不規則なものになる。ブラウン運動と共に、統計力学、量子力学、数理ファイナンス等の具体的モデル化に盛んに応用される。

定義

確率過程の状態空間が実数空間であるものを扱う。

二段階の確率過程による定義

を 次元実数空間、 を が状態空間の確率過程とする。これらが次の条件、

  • 添字集合 が高々可算な全順序集合
  • の各項が独立同分布に従う

を満たすとき、 は実数状態空間におけるランダムウォークである。

すなわち、実数状態空間でのランダムウォークは、各時刻が状態空間 の独立同分布に従う離散時間確率過程 をベースとして「ベース過程の時刻 までの総和」を時刻 の確率要素 とする離散時間確率過程 である。

確率要素の差分による定義

を 次元実数空間、 を が状態空間の確率過程、 を確率分布とする。これらが次の条件、

  • 添字集合 が高々可算な全順序集合

を満たすとき、 は実数状態空間におけるランダムウォークである。流儀によっては を標準正規分布に限定する。

定義の同値性

二段階の確率過程による定義と、確率要素の差分による定義は、同義である。

前者は かつ が独立同分布である。よって の確率分布を に依存しない として とすると に変形でき、これは後者そのものである。

例

コイントスで左右移動

「 のスタートから『コイントスが表なら (右)、裏なら (左)動く』を繰り返して移動する」過程はランダムウォークになる。

コイントスにより確率 で表 、確率 で裏 が出るとする。これは確率空間で表現でき、この上に へ対応した確率変数と誘導される確率空間を次で定義する:

定義より の各項は明らかに独立同分布に従う。ここで時刻 での位置を と定義することで、 は「コイントスで左右移動」を表現するランダムウォークになる。

性質

  1. 再帰性
    1または2次元の単純ランダムウォークは再帰的であり、3次元以上のランダムウォークは非再帰的である。
  1. Donsker の定理の系
    Xn (n = 0, 1, ...) を平均 0 かつ分散 1 の独立かつ同分布な 1 次元ランダムウォークとし、
    で定義すると、各 t ≧ 0 に対して次が成立する。

性質の例

確率密度関数 のグラフ

上記の「コイントスで左右移動」を例に取る。ここではコインに偏りがない、つまり とし、時刻 での位置 について考える。

このとき の確率分布は正規分布になる。つまり左右ランダムに動くと が最も確率が高く、中心から離れるほど確率が下がることがわかる。これは「フェアなコインを振ったら平均的には真ん中にいそう」「 は全部表であり極めて稀である」という直感と合致する。

一方で、正の領域にいる時間の割合の分布は、の確率密度を持つ(負の領域にいる時間の割合は)。これはおよびで無限大に発散するグラフである。すなわち、正・負のそれぞれの領域に半々ずつ点がいる確率よりも、どちらかの領域に多くいる確率の方がはるかに高い結果となる。

分類

直接的一般化として、結晶格子(結晶構造の抽象化)上のランダムウォークが定式化される。

実数空間を状態空間をする場合、その次元の数に応じてd 次元ランダムウォーク(でぃーじげんランダムウォーク、(英: d dimensional random walk)へと分類される。

単純ランダムウォーク

が 値であり、かつ、

( は、第 成分が 1 の単位ベクトル)である時、Sn を( 次元)単純ランダムウォーク (d dimensional simple random walk) という。

一般化と拡張

結晶格子(結晶構造の抽象化)上のランダムウォークでは中心極限定理と大偏差の性質が小谷と砂田により証明されている。

レビのダスト
宇宙空間の星の分布のモデルとして考えられた点の分布。点の進む方向をランダム、進行距離の分布が冪級数で与えられるようなランダムウォーク。
自己回避ランダムウォーク(英語版)
軌跡が交差しないランダムウォーク。理論的な解析は困難。高分子の幾何学的構造、海岸線などのモデル(自己相似)として利用されている。

脚注

注釈

  1. ↑ は確率変数であり、 は独立同分布な確率要素からなる確率過程である。この点からも、後者の定義が前者の定義と同値であることがわかる。
  2. ↑ は確率過程が複雑な構造を持っていないか悩みうる。対照的に、 は「からの 番目のランダムサンプル」というニュアンスが捉えやすい可能性がある。

出典

  1. 1 2 確率過程の代表例にランダムウォーク(random walk)がある.これは酔歩ともよばれ ... 確率的に ... 動きまわる粒子の運動を表わすp.178 より引用。薩摩, 順吉 (1989-02-08). 確率・統計. 理工系の数学入門コース. 岩波書店
  2. ↑ 小針晛宏『確率・統計入門』岩波書店、1973年5月31日、134頁。第6章の章題「乱歩」の脚注にて「Random Walkの訳であり,酔歩とも訳されている」と記載。
  3. ↑ ウィーナー過程フィナンシャル・アーティスト・アカデミー株式会社(2018年4月7日時点のアーカイブ、2025年4月8日閲覧)。
  4. ↑ Log normal distributionニューメリカルテクノロジーズ株式会社
  5. ↑ 状態空間が の部分集合かつ上下限がある場合(例: k 次元目が)、和が閉じないケースがありうる。ここでは実数全体 であるため、和が閉じている。上下限がある場合、 の定義を総和以外に拡張する(例: mod)必要がある。
  6. 1 2 定義 5.4 (ランダムウォーク) ... 過程 が ... と表現されるとき, はランダムウォーク (random walk) と呼ばれる.... 定数項 はドリフト率と呼ばれp.106 より引用。沖本, 竜義 (2010-02-01). 経済・ファイナンスデータの 計量時系列分析. 統計ライブラリー. 朝倉書店
  7. ↑ ランダムウォーク(2011年10月12日時点のアーカイブ、2025年4月7日閲覧)。
  8. ↑ 電気回路とランダム・ウォーク2002年3月17日。確率統計委員会・深川久(豊中高校)(2020年11月27日時点のアーカイブ、2025年4月7日閲覧)。
  9. ↑ ランダムウォークに関する話題から ―逆正弦法則について―小杉のぶ子(東京海洋大学 海洋工学部)
  10. ↑ “つき”の数理-逆正弦法則について[リンク切れ]大阪大学基礎工学研究科会田研究室
  11. ↑ M. Kotani, T. Sunada (2003). “Spectral geometry of crystal lattices”. Contemporary. Math. 338: 271–305. doi:10.1090/conm/338/06077.
  12. ↑ M. Kotani, T. Sunada (2006). “Large deviation and the tangent cone at infinity of a crystal lattice”. Math. Z. 254: 837–870. doi:10.1007/s00209-006-0951-9.
  13. ↑ 井上純一 (2004年). “確率モデルを用いたフラクタル図形の作成に関する実験手引書” (pdf). 北海道大学. p. 12. 2020年5月18日閲覧。
  14. ↑ ランダムウォークと統計力学岡部豊[リンク切れ]

関連項目