| トゥイステッド・シスター | |
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ドイツ・ヴァッケン公演(2016年8月) | |
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トゥイステッド・シスター(Twisted Sister)は、アメリカ合衆国出身のヘヴィメタル・バンドである。
グラムメタルの代表的バンドとされ、強烈なインパクトを放つヴォーカリスト、 ディー・スナイダーを擁していた事でも知られる。
アメリカのバンドながらイギリスで実績を積み、その後世界的な成功を収めた。

1972年にジェイ・ジェイ・フレンチ(ギター)らによって結成されているが、現在までの主な楽曲はすべて、1976年のディー・スナイダー(ヴォーカル)加入以降に彼によって作曲されたものである。デビュー・アルバムは結成から10年近く経った1982年にイギリスのインディ・レーベルからリリースされている。
派手なメイキャップを施した道化者の芸風、バイカー・スタイルに身を固めたプライベート・ファッション、伝統的なHR/HMサウンドを内包したスタイルながらもキャッチーな作風が特徴。
結成当初はデヴィッド・ボウイ、スレイド、モット・ザ・フープル、ハンブル・パイ、ニューヨーク・ドールズなどのグラムロック勢から影響を受けていた。
曲に関してはほとんどが、親対子の関係や教育制度をテーマにしたものであり、ミュージックビデオやライヴではコメディックで独特なものが多いのも特長である。コミカルな部分も受け入れられ、バンド名義で多くの子供向け番組にも出演している。
1972年12月、フランス人のジェイ・ジェイ・フレンチ(ギター)らによって、ニューヨークで結成。1973年2月に4人のメンバーが加入、1975年にヴォーカルとギターの支援として、ジェイの高校からの友人であったエディ・オヘダ(ギター)が参加した。
しかし、ジェイ・ジェイとエディ以外のラインナップは流動的で、認知度はなかなか高まらなかった。バンドは1976年頃まではグラムロック・バンドとして、クラブハウスなどでギグを行う程度であった。
バンドは1976年に、ヴォーカルと作曲担当としてディー・スナイダーを迎えた。また、ドラマーも変更し、1978年には元ディクティターズのマーク・メンドーサ(ベース)が加入した。これを機にバンドの指向は、アリス・クーパーやブラック・サバス、モーターヘッドなどから影響を受けた、ヘヴィなハードロックスタイルへと変わっていった。
バンドはディーの優れた能力で大きく開花し、まずはニューヨーク近辺での認知度を急進的に上げた。ファンも次第に増え、1979年には「I'll Never Grow Up Now」、1980年には「Bad Boys (Of Rock & Roll)」を、自主制作でリリースした。
1982年、ドラマーがA.J. ペロに交代。同年、N.W.O.B.H.M.ムーブメントがピークを迎えたイギリスへ渡る。

1982年6月、まずはイギリスのインディ・レーベル「シークレット・レコード」からEP『ラフ・カッツ』を先行リリースし、直後にデビュー・アルバム『アンダー・ザ・ブレイド』を発表した。
この時期に、後に大ヒット曲となる「We're Not Gonna Take It」のシングルリリースも計画されていたが、ディーがこの曲の歌詞を書き終える前に、契約元の「シークレット・レコード」が倒産してしまったため、同曲のリリースは後に持ち越された。またこの頃からバンドは、既存のロックバンドと差別化を図るために、女装を強調したメイク・スタイルも開始している。
1982年8月、第22回レディング・フェスティヴァル3日目に出演し、喝采を浴びる。
その後、バンドはテレビの音楽番組『The Tube』への出演を決めるとともに、メジャーレーベル「アトランティック・レコード」と契約を交わした。1983年、同レーベルから最初のアルバム『ユー・キャント・ストップ・ロックンロール』をリリース。シングルカットされた「I Am (I'm Me)」は、全英シングルチャートで18位を獲得した。第3弾シングル「You Can't Stop Rock'n'Roll」のミュージックビデオも制作された。
1984年、イギリスで実績を積んだバンドはアメリカへ帰国。5月には、サード・アルバム『ステイ・ハングリー』をリリース。このアルバムでバンドは世界的な人気を獲得し、ツアーも成功した。同アルバムは、翌年の夏まで200万枚以上のセールスを記録。シングルカットされた「We're Not Gonna Take It」(全米21位)と「I Wanna Rock」(全米68位)のミュージックビデオも製作され、MTVでも頻繁にオンエアされた。1985年3月、初来日公演。
1980年代の末期に差し掛かかると、グラムメタル(LAメタル)のムーブメントが終息に向かい、バンド人気も下降していく。
1985年11月に、4枚目のアルバム『カム・アウト・アンド・プレイ』をリリース。このアルバムは50万枚を売り上げ利益にはなったものの、前作のような大ヒットまでには至らなかった。アルバムではアリス・クーパー、ブライアン・セッツァー、ビリー・ジョエル、クラレンス・クレモンズなど著名ミュージシャンも制作に加わり話題となっていたが、肝心のツアーでのゲスト参加が流れ、当初の計画が頓挫してしまった。
また、アルバムのリリース後に、A.J.ペロが脱退。後任にはジョーイ・"7"・フランコ("7"というニックネームは、トゥイステッド・シスターにおける7代目ドラマーであることを意味している)が加入した。
1987年8月、5枚目のアルバム『ラヴ・イズ・フォー・サッカーズ』をリリース。アルバムは前作よりもポップな路線でテコ入れを図るも、セールスは伸び悩む。リリースから約2ヵ月後の10月に、ディー・スナイダーが脱退。「アトランティック・レコード」はバンドとの契約を解消する。ヴォーカリスト不在となったバンドは、翌年1月に解散を発表した。

1998年、旧バンドメンバーは、ディー・スナイダー出演映画のプロジェクトに協力するため久々に集結し、バンド名義でサウンドトラック収録に参加した。これを契機にチャリティーやイベントに参加するなど、幾度か集合を重ねるようになる。そして徐々に機運が高まり、2003年から本格的に活動を再開した。
2004年、約17年ぶりのスタジオ・アルバム『スティル・ハングリー』をリリース。2006年には、クリスマス・アルバム『A Twisted Christmas』を発表した。
その後は、メンバー個々の仕事と並行してライヴを中心に活動していたが、2015年に、長年を共にしたメンバーのA.J.ペロが他界。後任ドラマーにマイク・ポートノイが加入した。
2016年、バンドのドキュメンタリー映画『We Are Twisted F*cking Sister!』が上映および発売。また、本年度を最後にファイナル・ツアーを実施し、同年11月の公演を最後に、バンドの活動に終止符を打った。
2023年の『メタルの殿堂』入りセレモニーで再集結したのを機に2025年9月から再始動し、翌2026年より50周年記念ワールドツアー「Twisted Forever, Forever Twisted 」の開催を発表した。しかし、フロントマンであるディー・スナイダーが健康上の問題により不参加が決定。ツアーの日程が延期され、元スキッド・ロウのセバスチャン・バックが代役を務めて秋から始動する。
シングルカットした「Under the Blade」と「We're Not Gonna Take It」のミュージックビデオが、一部から「両親や教師に対しての反抗的な場面を特集している」と批判され、PMRCの委員会によって対象作品とされた事がある。ディー・スナイダー(Vo)は公聴会に出席して、反証している。
ディー・スナイダーは、メイクアップパフォーマーの同業者でもあるロックバンド「キッス」の後任メンバーに対し、「オリジナルメンバーのメイクを丸々コピーするのは敬意を欠く」と批判した。そして中心メンバーのポール・スタンレーとの口論合戦にまで発展し、最終的にスナイダーは「だったら道化もコスチュームも小道具もなしで、純粋なロックだけで勝負しよう」と呼びかけた。
(2026年5月時点)
(前身時代)
(デビューラインナップ以降)