| DJ DRAGON | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 |
橋本 達史 (はしもと たつし) |
| 別名 | MCドラゴン |
| 生誕 | 1968年3月13日(58歳) |
| 出身地 |
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| 学歴 |
土浦日本大学高等学校 拓殖大学商学部経営学科 |
| ジャンル | ダンスミュージック全般 |
| 職業 |
DJ プロデューサー アレンジャー 作曲家 デザイナー |
| 担当楽器 |
DJ MC ボーカル |
| 活動期間 | 1989年 - |
| レーベル |
Far Eastern Tribe Records (ユニバーサルミュージック) |
| 共同作業者 |
BLACK JAXX FIREWORK DJs |
| 公式サイト | 橋本達史公式サイト |
DJ DRAGON(ディージェイ ドラゴン、1968年〈昭和43年〉3月13日 - )は、日本のクラブDJ、ラジオDJ、LuckyFesプロデューサー、クリエイティブ・ディレクター。茨城県出身。血液型はA型。音楽業界を中心に幅広く活動しており、音楽メディアの運営やフェスティバルの企画・制作など、多方面で活躍している
現在は、音楽WEBメディア「BARKS」を運営する株式会社BARKSの代表取締役社長をはじめ、株式会社神南の代表、一般社団法人日本DJ協会代表理事、NPO法人街角に音楽を代表理事などを務める。 また、音楽フェス「LuckyFes」においては企画統括およびブッキングプロデューサーを担当し、イベントの制作・運営にも深く関わっている。さらに、コスメブランドEVEREST JAPANの代表も務める。
DJとして30年以上のキャリアを持ち、クラブカルチャーを軸にしながら、音楽制作、イベントプロデュース、デザイン、企業経営など幅広い分野で活動している。
ヒップホップ黎明期から活動しており、MCとしての経験も持つなど、ストリートカルチャーにルーツを持つ点が特徴。現場主義を重視し、国内外のアーティストとの共演やライブサポートを多数経験している。
また、音楽のみならず、空間プロデュースやメディア運営、アーティストマネジメントなどにも携わり、音楽を中心とした複合的なクリエイティブ活動を展開している。
社会活動にも積極的で、若手アーティスト支援やDJ文化の普及・地位向上に取り組むなど、次世代への継承を重視した活動を行っている。フェスプロデューサーとしては、来場者体験を重視した企画に定評がある。
1980年代後期よりDJ活動を開始。当初はレゲエMCとしてキャリアをスタートし、「ドラゴン&ビッケ」名義で新宿マッシブ、青山サルパラダイス、西麻布クラブジャマイカなどで活動する。 その後、クラブDJとしても活動の場を広げ、西麻布P.Picasso、池袋キングストンクラブ、渋谷CAVE、下北沢ZOO、芝浦GOLD、渋谷ヌーバなど主要クラブでプレイを重ねる。 また、大貫憲章主催のイベント「ロンドンナイト」にDJ長田コーザノストラのMCとして参加。インクスティック渋谷や西麻布YELLOWではイベント企画(美容師ナイト「ダンシングオールナイト」)も手がけた。 この時期にTOKYO No.1 SOUL SETを結成するが、1992年に脱退。
西麻布YELLOWにて「THE BIG BAND!!」を結成(後にいしだ壱成、武田真治らが加入)。六本木VELVETではイベント「MIMOSA」のメインDJとして活動する。
1996年、ワーナーミュージック・ジャパンよりTHE BIG BAND!!としてメジャーデビュー。
1996年、J-WAVE初となるJ-POP番組もナビゲーター担当。
1997年、小室哲哉に師事、小室の会社に所属する。その後、小室主催「TK PAN-PACIFIC TOUR」にDJとして参加し、北京・上海・台湾・香港を巡る。同年、プロデュースユニット「tatsumaki」を結成。 1999年にはインドネシア・バリ島クタビーチで小室哲哉とともにイベント「GOA IN BALI」を主催し、約2万人を動員。以後小室の作品の制作に携わる。
2001年、小室哲哉、原田大三郎とともにテクノトランスユニット「GABALL」を結成。同年、沖縄・宜野湾海浜公園でのイベントに参加。 ヴェルファーレ「Cyber TRANCE」にてレジデントDJを務める。
上海「ROJAM DISCO」のサウンドプロデュースを担当。
2002年、「2002 FIFAワールドカップ」パブリックビューイング(国立競技場)にて約3万人の観客を前にDJプレイを行う。 島唄のリバイバルブームを作る。
2003年、クラシック音楽ユニット「MODEA」を立ち上げワールドカップ、式典などに出演。
2004年、渡辺美里の西武ドーム公演にDJとして出演。
六本木ヒルズ52階「マドラウンジ」、竹芝「NO NAME」などのサウンドプロデュースを担当。
2009年、舞台『渋谷アリス』(シアターコクーン)の音楽を手がける。また、DJ URAKENとともに「FIREWORK DJs」を結成し、リミックス制作などを開始。
2010年、「FIREWORK DJs」として作品をリリースし、サッカー日本代表サポーターアルバム『ULTRAS2010』の制作にも参加。同年、FIFAワールドカップのパブリックビューイングでもDJを務める。
渋谷club atom、CLUB CAMELOT、代官山AIRなど主要クラブでレギュラーDJとして活動。
2011年、ユニバーサルミュージックと契約し、配信作品がチャート上位にランクイン。
バックストリート・ボーイズのニック・カーターの来日公演DJを担当するほか、D☆DATE、中川翔子などのツアーDJやサウンドプロデュースを手がける。 2012年以降もアニメ作品やファッションイベント、音楽フェスへの出演・制作を多数行う。
2014年、サッカー応援アルバム制作や大型イベントのサウンドプロデュースを担当。同年、一般社団法人日本DJ協会を設立。 2015年、新木場STUDIO COAST「ageHa」など大型クラブイベントに出演し、国内外の大型イベントで企画など担当。
2017年・2018年にはお台場にて音楽フェス「SANCTUARY」を主催し、各年約1万人を動員。イベントプロデューサーとしての評価を確立する。
2019年、日比谷公園でのフードフェスと連動したイベントプロデュースや、各地フェス・イベント出演を行う。
2020年、アニメ・ゲーム・音楽・コスプレを融合したイベント「ANIMOMENT」を企画・プロデュース。3DCGアニメ『LION LIFE』の音楽も担当。六本木「ZEUS GARDEN」のサウンドプロデュースも開始。 同年、「DJane Mag JAPAN」審査員長を務める。 2021年、フジテレビ『99人の壁』に出演。
2022年、国営ひたち海浜公園にて「LuckyFM Green Festival」の企画プロデューサーに就任し、約2万人を動員する成功を収める。
2023年、「LuckyFes」にて企画・ブッキングプロデューサーを務め、3日間で約4万人を動員。大型フェスプロデューサーとしての地位を確立する。 同年以降も全国各地の大型イベント・フェスへの出演およびプロデュースを継続している。
2024年、グロービス大学院学長である堀義人がオーナーを務める音楽WEメディアBARKSの代表取締役に就任。
2024年、相川七瀬のLIVE DJを担当している。
2025年、「LuckyFes」にて企画・ブッキングプロデューサーを4年務め、3日間で約8万人を動員。大型フェスプロデューサーとしての地位を確立する。 全国各地の大型イベント・フェスへの出演およびプロデュースを継続している。
2026年、FIFAワールドカップ2026で米国テキサス州ダラスで開催されたULTRASサポーター決起集会にてDJを担当、サッカー日本代表の森保監督や元日本代表のラモス瑠偉氏らが参加した。
ブランドsuper loversのデザイン企画に携わっていた。また、下記のCDジャケットやアーティストのツアーのデザイン制作を行っている。