| ISAKICK | |
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ISAKICK(左から2番目の男性) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | 非公開 |
| 生誕 | 1981年3月18日(45歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル |
J-POP ロック |
| 職業 |
ベーシスト 作曲家 DJ 音楽ディレクター 音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | ベース |
| 活動期間 | 1998年 - 現今 |
| 公式サイト | twitter.com/ISAKICK175 |
ISAKICK(イサキック、1981年3月18日 - )は、日本のミュージシャン、「175R」「鶯谷フィルハーモニー」ベーシスト、作曲家、DJである。北九州市の観光大使。福岡県北九州市出身。
175R(イナゴライダー) のベーシスト。2003年(平成15年)Single「ハッピーライフ」でメジャーデビュー。同年4月にリリースしたSingle「空に唄えば」共にオリコン初登場1位という日本のロックバンド初となる快挙を成し遂げた。2000年代前半に青春パンクの代表的存在として中高生の間でカリスマ的な人気を集めた。『バンドで初の日本武道館単独ライブ』『第54回NHK紅白歌合戦』『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』『サマーソニック』『COUNTDOWN JAPAN』など数々の大舞台を経験する。
175Rの活動と並行し、DJ、音楽ディレクター、プロデューサーとしても頭角を現す。お笑い芸人・チュートリアルの徳井義実や俳優・柏原収史など音楽の垣根を超えた交友関係を持ち、音楽の素晴らしさ、可能性を模索する。「鶯谷フィルハーモニー」メンバーも兼任。
地元への感謝・還元する気持ちも大きく北九州市観光大使を務める一方、九州の若い女の子らが集まり世界発信していく「Hello Youth」の音楽ディレクターも担当。ホリエモンこと堀江貴文がオーナーを務める野球球団福岡北九州フェニックスのテーマソングも担当している。
1998年(平成10年)1つ年齢が上のSHOGOからバンドを組もうと誘われて、ロックバンド「175R」を結成。インディーズで活動。絶大な人気を誇る。もともと中学時代からバンドをやっており17才の頃からDJをやっていた。お金がなくDJの機械を売るか?ベースを売るか?と考えていた時にSHOGOから電話が掛かってきた。「バンドやんない?」って誘われたが会ったこともないのによく誘えるなあと笑ったという。SHOGOのバンドは北九州で有名だったので即答でOKをした。
1999年(平成11年)北九州を中心にライブ活動をスタート。同時に、自主企画ライブ『いきあたりバッタり』を開催。北九州で行われた『GROOVE ROAD バンド合戦コンテスト』でグランプリを受賞。皮切りに福岡県全域へ活動の場を広げて、4曲入りのデモテープ『1769〜INAROCK〜』を発売した。1980年代のバンドブームに影響うけてJUN SKY WALKER(S)、Hi-STANDARDのようなメロコアみたいな汗をかいて暴れるバンドを目指した。北九州市は売れたバンドがルースターズ以来、出ていなく売れていくたびに「調子のってんなよ」と逆風が強かった。
2001年(平成13年)全16ヶ所を廻るバンド初となる全国ツアー『「初陣」〜Spring Tour 2001〜』を開催。i hate recordsよりバンド初のシングル「From North Nine States」を発売し、オリコンインディーズチャート3週連続1位を獲得した。
2002年(平成14年)初のフルアルバム『Go! upstart!』をリリースし、オリコンチャート初登場6位を獲得(40.1万枚)。
2003年(平成15年)『ハッピーライフ』で東芝EMIからメジャーデビュー。オリコンチャート初登場1位を獲得(24.4万枚)。2ndシングル「空に唄えば」が空前の大ヒットに。オリコンチャート初登場で1位にランクインし、メジャーデビューから2作連続で1位を獲得。2作連続1位は、日本のロックバンド史上初となる快挙となった。この年の大晦日、この曲で『第54回NHK紅白歌合戦』に初出場する。2003年度オリコン年間ランキング第18位となり、175Rのシングルでは最大のセールスを記録した(35.9万枚)。同年、東京・代々木公園野外ステージでフリーライブを開催し、約2万5000人を動員した。
2004年(平成16年)故郷凱旋LIVEと称して、北九州にてワンマンライブ『LIVE THE MELODY 2004 in 北九州芸術劇場』を開催。翌月、念願の日本武道館でバンド初となる『LIVE THE MELODY 2004 in 日本武道館』を開催。
2008年(平成20年)日比谷野外音楽堂にて結成10周年LIVE『175R 10周年感謝の野音! THANK YOU FOR THE FAN』を行う。
2010年(平成22年)175Rの無期限活動休止の発表後、東京都内のクラブを中心に本格的にDJ活動を開始。Houseを軸にElectro、Progressive、Rockなどを織り交ぜたPlayStyleでフロアを盛り上げる。
2016年(平成28年)12月3日に開催された『SKULLSHIT 20th ANNIVERSARY 骸骨祭り』から175Rの活動を再開。エイベックス所属のガールズユニット「GEM」の音楽ディレクターに就任した(2018年解散時まで)。
2018年(平成30年)結成20周年を記念したベストアルバム『175R BEST「ANNIVERSARY 1998-2018」』を発売。九州出身のメンバーで結成したガールズユニット「Hello Youth」の音楽プロデューサーに就任。
2019年(令和元年)PAMA RECORD内に自身のプロデュースレーベル「Dandara record」を立ち上げる。新人のアーティストの発掘、プロデュースを行う。「福岡マラソン2019」大会サポーターに就任。
2020年(令和2年)ウイバナ(We=MUKASHIBANASHI)の音楽ディレクターに就任。自身が書き下ろした青春パンクナンバー「Craftsman」が恵比寿ザ・ガーデンルームで披露された。
2022年(令和4年)堀江貴文がオーナーの球団福岡北九州フェニックスのテーマソングを担当する。