Mi-24(ミル24;ロシア語:Ми-24ミー・ドヴァーッツァチ・チトゥィーリェ)は、ソ連のミル設計局で開発されたソ連初の攻撃ヘリコプターである。北大西洋条約機構(NATO)の命名したNATOコードネームは「ハインド(Hind、雌アカシカの意)」。
1978年以来、ソビエト連邦国内で約2,000機が製造され、30ヶ国以上に約600機が輸出された。ソ連のパイロット達の愛称は「Крокодилクラカヂール」(クロコダイルのロシア語読み)であった。
Mi-24は、アメリカ軍のAH-1などを比較対象としながら、1968年に始められた。なお、Mi-24はミル設計局創設者のミハイル・ミーリが自ら設計に関わった最後の機体である。
最初の量産型であるMi-24Aは、1970年に評価版として納入されたが、旋回が遅い、照準器のトラブルが多発する、並列配置の座席のため視界が悪いなど多くの問題を抱えていた。また、3人乗りのコックピットはガラス張りの部分が大きかったため防御力に不安があった。既知の問題としては、Mi-24Aは1969年のテストフライトで、機体を傾けた急な旋回中に揚力を失って大きく横揺れすることが判明したが、その後の改良を経てもこれは完全には解決していない。
この種の「攻撃ヘリコプター」としては異例の大型機であるが、これは完全武装した8名の歩兵の輸送と硬目標を破壊しうる火力と高い速力・機動力を持つことを要求して開発されたためで、歩兵戦闘車のヘリコプター版ともいえるコンセプトである。
もう一つの欠点として、最大限に積載した場合、垂直に上昇することができず、転移揚力を利用した短距離の滑走をしながら離陸しなければならない。大型で大重量の機体は、純粋な戦闘任務に用いるには持久性と機動性を削ぐことになる。しかし、戦闘と輸送という二つの役割を一機に担わせる設計は、結果的に悪い折衷になってしまったことから、後発のKa-50/Ka-52やMi-28は、兵員輸送能力を省略したものとなった。


Mi-24は汎用ヘリコプターであるMi-8のパーツを流用して開発された機体で、兵員室上部に並列に搭載された2基のクリーモフ TV3-117 ターボシャフトエンジンは、一発の被弾で両方のエンジンが破壊される可能性を高め、生存性に大きな問題を残すこととなった。間に合わせの対策としてエンジンとトランスミッションを8mmの鋼板で装甲化しておりイラン・イラク戦争ではミサイルに被弾しても飛行し続けることができた。エアインテークにはパーティクル・セパレーターが取り付けられている。

5枚羽の直径17.3mのメインローター、3枚羽の直径3.91mのテイルローターを備え、メインローターとテイルローターのブレードは、12.7mm弾の直撃にも耐えることができる。テイルローターは、1972年生産型からは取り付け向きがMi-17同様逆になっている。また飛行時の横流れ傾向を補正するため、メインローターの回転軸は横滑りを抑えるために正面から見て右に2.5度傾いている。地上ではローターを地面に擦らないために、主脚で胴体を左に傾けている。メインローターがテイルブームを叩かないよう特定の状況ではピッチ角5°未満となるのを制限するリミッターが備わっている。
降着装着は、引き込み可能な3輪式で、攻撃ヘリコプターとしては珍しく前輪式である。
D型以降のコックピットは、縦列複座のタンデム形状となっている。前席が銃手、後席が操縦士で、どちらもチタニウム製装甲板で囲まれており12.7mm弾に耐えられる。エアデータ収集用ブームを備えるようになったのもD型からである。風防前面のみ20mm弾に耐えられる防弾ガラスで、ほかは有機ガラス(アクリル樹脂)である。前席にも操縦装置があるが、折り畳み可能で兵器操作に専念することができる。前席には扇風機がある。
5個の燃料タンクを持ち、1番タンクから右エンジン、2番タンクから左エンジンへポンプで燃料が燃料が供給される。4番タンクから1番タンク、5番タンクから2番タンクへポンプで燃料が送られる。ハードポイントの増槽用の配管は最も容量が多い3番タンクに繋がっており、3番タンクは4番タンクへ繋がっている。

機体の中腹にあるスタブウィングは、迎え角19度の後退翼で12度の下反角がかかっており、飛行の際に19%~25%の揚力を産む。スタブウイングにはハードポイントが左右それぞれ3基ずつある。
対戦車ミサイルはA型後期以降SACLOS誘導方式のものを搭載し、ミサイルに誘導指令を電波で送信する黒い球状のアンテナ・ポッドを備える。

前述のように中央部に兵員室があり、フライトエンジニア1名と完全武装した兵員8名、又は1.5tまでの物資を搭載可能である。兵員室の扉は上下に分割されており、上半分にある窓を開けて射撃が可能なほか、下半分は乗り降りの際のステップを兼ねる。コックピットと兵員室は気密化、与圧されてされており外部からの放射性物質、細菌、化学物質の侵入を防ぐ。コックピットのみ空調装置によって外気温マイナス50℃~37℃でも快適に過ごせ、高度3000m以上でも活動できるよう酸素マスクを備える。
無線機はUHF、VHFの他、操縦士-銃手-兵員室間の機内用通信機、捜索救難用緊急無線機を搭載する。







※この他、「Mi-24E」という名称が文献上で用いられていることがあるが、これは誤認情報である。このような名称の機体はソ連では開発されておらず、NATOコードネームの「ハインドE」と混同して考え出された名称であると考えられる。同様のものとして「Mi-24F」という名称も見られるが、こちらは「Mi-24E」ほど「普及」してはいない。また、文脈上同様の間違いと考えられるものとして「Mi-24D」という名称もあるが、これは偶然にもソ連側のMi-24Dという名称とNATOコードネーム「ハインドD」が一致していたため、他のものほど問題とはならない。このため、かえって「Mi-24E」、「Mi-24F」などという名称の「普及」を助長してしまったものとも考えられる。
Mi-24は、その任務として、近接航空支援から対戦車戦闘、兵員や物資の輸送まで幅広くこなすことができる。 実戦での運用の結果、低空を飛行することが多いことから攻撃を受けやすいことへの対策として、作戦時には2機1組もしくはグループで行動し、多方向から同時に攻撃するという戦術が用いられるようになった。
1977年-78年にかけてのオガデン紛争の際、Mi-24はエチオピア空軍によって初めて運用され、ソ連から運ばれる軍事装備の大規模な空輸を行った。
1979年にベトナム空軍がポル・ポト政権下のカンボジア空軍に侵攻した際にMi-24を使用し、ガンシップとしてクメール・ルージュの基地や前哨地を攻撃した。
1979年-88年にかけてのアフガニスタン侵攻の際、ソ空軍がMi-24を大量に投入して主にムジャーヒディーンに対する爆撃を行い、「ハインド」は一躍有名になった。アメリカ合衆国はこの戦争でムジャーヒディーン側に赤外線誘導式のFIM-92 スティンガーを供給し、多数のMi-24がスティンガーによって撃墜されている。しかし、スティンガーのない戦場では猛威を奮った。
1980年-88年にかけてのイラン・イラク戦争のラマダン作戦などでイラク軍はMi-25を投入した。この戦争では、イランのAH-1Jとの間で史上初の攻撃ヘリ同士の空中戦が生じており、戦争全期間を通じてのハインド対AH-1Jの空中戦では、10機のAH-1Jを撃墜した一方、6機のハインドがAH-1Jに撃墜されている。またイギリスのメディアが伝えるところでは、イラン空軍のF-4ファントムがMi-24の発射したファランガ対戦車ミサイルで撃墜されていると言う。
1980年代に始まったペルー内戦では、センデロ・ルミノソやトゥパク・アマル革命運動などの反政府ゲリラ掃討のため、ペルーのアラン・ガルシア政権がMi-24を導入し南米初のMi-24配備国となった。
1995年1月27日にペルーとエクアドルの間に発生した国境紛争では、ペルー空軍のMi-24が投入された。唯一のガンシップとして戦果を挙げたものの、2月7日に1機のMi-24が9K38 イグラで撃墜され搭乗していた3人が戦死した。
国際連合平和維持活動に参加していたインド空軍がMi-24/35を使用。
ポーランド軍が2004年12月、6機のMi-24Dを戦場に投入。2006年7月18日に1機がアル ディワニャ(Al Diwaniyah)の空軍基地で墜落した。Mi-24Dは戦争後本国に戻さず再建されたイラク軍に引き渡されたり、状態の悪い機体については処分された。
エチオピア空軍の3機のMi-35と10機のMi-24Dが敵対勢力との対戦に使用された。その内1機が2007年3月30日にアデン・アッデ国際空港近くで撃墜された。
当初、航空戦力を持たなかったマケドニア共和国空軍(現:北マケドニア航空団)が、ウクライナからSu-25と共に中古機8機を緊急輸入(旧ソ連出身のパイロットが操縦)。対地攻撃に投入し、成果を上げたとされる。
ロシア空軍が使用した。
シエラレオネ陸軍及び民間軍事会社「エグゼクティブ・アウトカムズ」が使用。
内戦終結後はシエラレオネ側に引き渡され、同軍航空部隊(空軍は存在しない)に在籍している。
ミャンマー空軍がMi-35Pを、少数民族の反乱が続くカレン州やカチン州に出動させており、COIN機とともにロケット弾や固定機銃による対地攻撃に従事している。
ドンバス戦争において、ウクライナ陸軍航空隊がウクライナ東部の親ロシア派分離主義武装勢力(ノヴォロシア人民共和国連邦)の鎮圧に投入している。
2022年ロシアのウクライナ侵攻において、ロシア航空宇宙軍とウクライナ陸軍航空隊の双方が運用。ロシア航空宇宙軍は新型のMi-35MやMi-28、Ka-52なども投入していると推測される。

ロシアでは、Mi-24を装備する展示飛行チームとして「ベールクトィ」(Беркутыビェールクトィ)が編成された。チーム名はロシア語で「イヌワシ」を意味する「беркут」の複数形である。この部隊ではMi-24P、Mi-24VP、Mi-24VMなどが運用され、展示飛行のほか機体の評価も行った。現在は解散されている。

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