| ブタ | |||||||||||||||||||||||||||
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ブタ Sus domesticus | |||||||||||||||||||||||||||
| 分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Sus domesticus Erxleben, 1777 | |||||||||||||||||||||||||||
| 和名 | |||||||||||||||||||||||||||
| ブタ | |||||||||||||||||||||||||||
| 英名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Domestic pig |
ブタ(豚、学名: Sus domesticus / Sus scrofa domesticus、英語: domestic pig)は、哺乳綱偶蹄目イノシシ科の動物で、イノシシ(猪、Sus scrofa)を家畜化したものである。主に食用(豚肉)とされる。
家畜としてブタを飼育することを養豚といい、仕事としての養豚を養豚業、また養豚業に従事する人々のことを養豚業者という。ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギといった家畜は原種が絶滅、またはかなり減少してしまっているが、ブタは祖先種であるイノシシが絶滅せず生息数も多いまま現存しているという点が特徴的である。免疫力が強く、抵抗性だけでなく環境への適応性にも富んでいるため飼育は容易である。
祖先種であるイノシシには広範囲の食性、多産、学習能力がとても高く凶暴さがない、人馴れしやすいといった家畜化に適した性質があるが、これらの特性は豚にも色濃く残っている。


豚は、イノシシを起源として肉量や成長速度、繁殖能力を高める方向で数千年にわたり選抜されてきた動物で、形態についても変化しているところが多い。イノシシの場合は前躯が発達しているのに対して、ブタの場合は食肉を得るために尻と腿の部分が発達している。胴はイノシシと比べて長くなっており、胸椎と腰椎をあわせた数はほとんどのイノシシが19個であるのに対し、ブタでは平均21個、多いものでは24個におよぶ。胸椎と腰椎の数の個体差はウマなどにおいても異なることがあるが、ブタの場合はこの変動が特に大きい。体格に比べて肺が小さく、代謝熱産生量が多いことから、熱ストレスに弱い。吻は短縮して上方へしゃくれ、耳も垂れ下がっている。仙椎は4個、尾椎は品種差もあるものの20 - 23個程度である。永久歯式はイノシシ同様にであり、合計44本であるが、犬歯が短縮している。さらに、飼育環境下では犬歯そのものも切除されることが多い。
イノシシの毛色が多くの場合に褐色であるのに対して、ブタの毛色には褐色でも赤に近いもの、黒色、灰色、白色、あるいは白地に黒斑や白斑があるもの、黒地に白帯のあるものなどさまざまである。これは、イノシシの場合には褐色以外の毛色が自然界で不利に働くのに対して、人為環境においてはそのような淘汰が起こらないためである。さらに、幼齢のイノシシには縞模様の保護色があらわれる一方で、ブタにはあらわれない。
腸管の長さがイノシシでは 17 m 程度であるのに対し、ブタの場合は 26 m ある。体格の割に肺が小さく、そのため他の家畜動物よりも致死的な気管支炎や肺炎にかかりやすい 。アポクリン腺とエクリン腺の両方の汗腺を持つが、後者は吻に限られている。マングース、ラーテル、ハリネズミと同様にニコチン性アセチルコリン受容体に変異があり、ヘビ毒に対する耐性を持つ。豚は豚のゲノムは解読されており、約20,000から22,000以上のタンパク質コード遺伝子が含まれている。
ブタは類人猿以上に体重や皮膚の状態、内臓の大きさなどが人間に近い動物である。そのため現在では異種間移植の臓器提供用動物として研究が行われている。大学の医療系学部・学科では解剖学の実習において生体解剖に利用されている。ブタはヒトのパンデミックの5分の1に関与しており、これまでの新型インフルエンザのパンデミック(ヒト間感染症の世界的流行)の中間宿主とも考えられている。ブタ由来の人獣共通感染症には豚インフルエンザウィルス、E型肝炎ウイルス、ニパウイルス、旋毛虫属、豚丹毒菌などがある。人と同じく表皮の細胞層が5 - 6層であるため、乾燥すると皮膚炎を発症する。自然下では泥浴びで対策するが、動物園のような飼育下では泥や砂を食べることがあるため、ワセリンやダームワンのような犬猫用の保湿剤を塗る他、飼育員の触診による健康診断を行う施設もある。
自然環境下では豚は安定した社会集団をつくり共同の巣を設け、よく離れたところを排泄の場所として巣を清潔に保ち、活動的で周辺を散策して一日の大半を過ごす。妊娠中の豚は共同の巣を離れ自分の巣をつくるべく手ごろな場所を見つけ穴を掘り草や小枝で中を整える。ただし、現代の養豚では舎飼いが一般的で、母豚は檻での個別飼育のためこれらの行動は制限される。
ブタの社会構造はイノシシの場合とほぼ同様であり、母とその子ブタを中心とする母系集団が基本単位で、雄は繁殖期にだけそこに加わる。広大な土地で群飼される場合、ブタは母系集団で20 - 30ヘクタールもの範囲で行動し、雄ブタは生後1年ほどで群れから離れ小さな雄グループを作って行動したり単独行動したりする。なわばりを主張して他個体を外へ追い払うような動物ではないが、高密度で飼育される場合は、無駄な争いを避けるために闘争を起こし優劣関係を決定する。豚房が狭く逃げ場がないと大きなストレスになるが、個別飼育にすることも社会性のあるブタにはストレスとなる。
群飼する場合、ブタは体格や、威嚇や攻撃といった敵対行動にもとづき社会的順位をつける。各個体は他個体を姿形や声、匂いなどで判別し、順位関係を維持していると考えられる。この順位は絶対的なものではなく、下位個体が上位個体を攻撃することもある。また、群内の順位が安定している場合、特に闘う理由がない場合にはたがいに親和的行動をみせる。
野生のイノシシがおおむね春にだけ子を産むのに対し、ブタは一年中いつでも繁殖可能である。また、性成熟に達する月齢も早い。雄の射精能力は6ヶ月齢ごろから発現し、8ヶ月齢ごろから安定する。雌についても、8ヶ月齢頃から本格的な発情がみられるようになる。
発情周期はおよそ21日であり、2 - 3日間、あるいは1週間程度持続する。群飼自然交配のような繁殖管理下においては、雌は発情の数日前から雄を求めて歩き回り、発情時には陰部から粘液を流出させて頻尿になる。雄はこれに対していくつかの求愛行動を示し、雌はこれを受け入れるために不動姿勢をとる。ブタの交尾はほかの動物に比べて比較的長く、挿入から射精までの持続期間は3 - 5分、長い場合は20分におよぶ。排卵率の変動は、年齢や遺伝子型といった内的要因に加え、栄養、環境、外因性ホルモンの補給などの外的要因に起因する。妊娠期間は平均して112 - 120日である。
分娩前のブタは鼻で土を掘り、わらや草などを用いて巣づくりを行う。巣づくりは分娩開始前の24時間以内に行われ、分娩前の12 - 6時間で最も活発になる。 雌は群れから離れ、水はけの良い土壌で雨風をしのげる適切な巣の場所を探す。巣は天候や捕食者から子を保護するのに役立つほか、群れの他の個体から子を遠ざけることにより、子ブタが踏みつけられること、他の子ブタが雌から乳を盗むのを防ぐ効果がある 。

分娩は夕刻から夜間にかけて行われることが多く、これはイノシシにも共通する。分娩所要時間は3時間半程度であり、摘出間隔はおよそ16分である。ブタは通常8 - 11頭の子供を産むが、品種によっては20頭前後を産むものもある。離乳すると親ブタは7 - 10日で発情が再帰するため、年に2 - 2.5回の出産が可能である。考古学的証拠にもとづけば、中世ヨーロッパにおいてブタの分娩は年に1度であったが、19世紀までには、年に2回分娩することが一般的となった。
母ブタは、分娩直後はつねに乳が出るが、2 - 3日後には、子ブタが乳頭をくわえているときにしか乳汁を分泌しなくなる。子ブタが乳頭につくと母ブタは「グウグウ」というような特有の低い鳴き声を出す。この鳴き声は周波数・音色・強度に変化があり、子ブタに授乳の段階を示している。泌乳は母ブタのこの鳴き声がはじまってから30秒ほどあとに行われる。子ブタはより多くの乳が出る前方の乳頭をめぐって争うが、乳つき順位が一度確立されると、安定して維持される。十分に乳汁が分泌されるのは10 - 20秒程度であるが、子ブタはその後も数秒から数分間は乳頭をくわえる。哺乳の回数は子ブタの成長とともに減少していくが、およそ1時間に1回ほど行われる。

ブタは、ゾウなどと同様に体温調節に汗腺を利用しない。また、パンティング(口を大きく開け舌を出して行う浅速呼吸) による体温調節も不得意としている。新生子ブタの体脂肪率は1%程度であり環境温度の影響を強く受け、特に寒冷環境に弱い。性成熟後のブタは、反対に暑さに弱い。ブタの正常体温は38.7 - 39.8℃であり、適温範囲は16 - 22℃である。高温下においては、ブタは泥浴びし、蒸発冷却によって熱を放散する。また、泥浴びには日焼けの防止、寄生虫対策、匂い付けなど、他の機能も果たすことが示唆されている。 また、高温下では摂食量が減少するほか、低温下では摂食量を増やし、身を寄せ合うなどして放熱を抑制しようとする。ブタは通常、春から初夏に換毛を行い、温暖な季節に備える。

ブタはイノシシ同様に雑食であり、野生化したブタは自然環境では植物の若木、塊茎、根、種、若芽や花のつぼみ、葉などを食べる。また、昆虫やミミズ、ナメクジ、ヘビ、カエル、幼鳥、齧歯類、あるいは弱った小動物や死体といった、動物性の食料も多く捕食対象としている。自由に歩き回れる環境では、ブタは1日におよそ4 km移動し、約1 haの行動圏内で餌を探す。アフリカなどにおいては、このような投入資源の少ない放牧が行われることが多い。
ブタは野生のイノシシと同様、土中の虫や植物の根・球根を掘り返して食べる。200日齢(体重100キログラム)のブタのルーティング(鼻で地面を掘る行為)は73.3キログラムを持ち上げられるほどもある。嗅覚が鋭敏なだけでなく鼻には触毛が生えており、触覚的にも鋭敏である。ルーティングはやみくもに掘っているのではなく、ここぞというところを掘る。ルーティングだけでなく、地面の上や低木の植物を探索することもある。ブタにとって採餌のための探索は、本能的に強く動機づけられており、放牧環境下では1日に6-7時間ルーティングを行う。ルーティングへの欲求は強く、豚舎の不毛な環境にとらわれた豚は、餌と土を与えられたら食事するよりも前に土を掘り返す行動が見られる。睡眠時間は約8時間。動物園において、展示場がコンクリートで覆われ、ルーティングが出来ない場合は、2 - 3キログラムの石を数個設置し、転がして遊ばせることでストレスを与えない工夫がなされているケースがある。養豚では、多くの国において、ルーティングや探索本能を満たすことができる環境エンリッチメントが広く実施されていない。そのため豚は本来の行動ができず、尾かじりや腹下もぐりといった葛藤行動、偽咀嚼や小石しゃぶりなどの異常行動を発現させる。畜産利用下では飼料は完全配合飼料化されており摂食時間は短時間で済むが、摂食動機は満腹になれば収束するのではなく摂食行動の持続時間に強く影響される。そのため市販の飼料を満腹に与えたとしても家畜ブタは囲いの中で6 - 8時間かけて餌を探すことが指摘されている。

ブタは比較的知的な動物であり、イヌと同程度の知能を持つ。互いを個体として認識し、遊びに時間を費やし、構造化された社会を形成する。優れた長期記憶を持ち、感情を経験し、他のブタの感情状態に応じて行動を変化させる。実験的な課題に関して言えば、ブタは物体の位置を特定する課題を遂行でき、迷路を解くことができ、単純な記号言語を扱うことができる。ブタは異なる種類の音楽(バッハと軍隊行進曲)をそれぞれ食べ物と社会的孤立に関連付けるよう訓練されており、その結果生じる肯定的または否定的な感情を未訓練のブタに伝えることができた。ブタは鼻を使ってジョイスティックを操作し、画面上のターゲットを選択するように訓練できる。
類人猿、イルカ、ゾウ、カササギ、ヨウムに加えてブタも鏡の存在を認知できる鏡映認知が確認された数少ない動物である。ブタは鏡の性質を5時間で理解して記憶し、鏡に映った餌の場所を理解できる。「お手」も「お座り」も簡単に覚え、テレビゲームもする。落ちている他のブタのトランスポンダーをくわえて給餌機に持っていき、他のブタ用の濃厚飼料を食べることもある。この高い学習能力を活かし、一部の動物園では、飼育する個体をトレーニングした上で、天日干しした麻袋などの床材を自ら寝床に運ぶよう学習させた例もある。
非常に個性豊かで、認知や情動、行動が非常に複雑。遊び好きな動物であり、追いかけっこのような社交遊びから、ボール運びなどの物遊びまで複雑な遊びに従事することが示されている。高度な知性を持ち退屈さで苦しむ。好奇心が強く、新規なおもちゃがある部屋と使い慣れたおもちゃがある部屋では、子ブタの80%が新規おもちゃの部屋に最初に入り、92%が新規おもちゃに最初に触れた。遊びは子ブタの時だけでなく成熟してからも続き、目新しいものを鼻で押して跳ね上げたりくわえたりの探査的な行動がみられる。また、ビデオゲームを操作して餌の報酬を得ることができるが、報酬がない場合でも訓練者からの声や接触刺激でも、ビデオゲームに正答する。仲間へ共感し、囚われたブタがいると解放するためにドアを開けるが、囚われた仲間が悲鳴を上げた場合、解放する確率は高くなる。農場内では保定されて泣き叫んでいる仲間のブタを助けようと集まることもある。快適な状態で過ごすブタが収容された豚房の、隣の豚房のブタは、快適な豚房の匂いを嗅いで遊戯行動をとるが、不快な状態で過ごすブタの豚房の匂いを嗅ぐと、排糞(不安行動の一種)が増えるなど、ブタの情動は伝染する。
友好的で社交的であると同時に繊細な生き物でもあり、養豚業において体重を計る作業時には、ストレスでブタの体重が1キログラムも減ってしまうことがある。記憶力もよいことから粗暴な扱いを受けることで学習し、人に対して恐怖心を抱くようになる。放牧養豚では自由に行動できることで心理状態がポジティブになり、人と接触機会がなかったとしても人に対して友好になり良好な関係を築く。
ブタは約310°の視野と35°から50°の両眼視を持つ。ブタには目の調節機能がないと考えられている。 目の調節機能を持たない他の動物、例えばヒツジなどは、遠くの物を見るために頭を上げる。 ブタの色覚がどの程度であるかは依然として議論の的であるが、網膜に2つの異なる波長感度(青と緑)を持つ錐体細胞が存在することは、少なくともある程度の色彩感覚があることを示唆している。
ブタは嗅覚が発達しており、ヨーロッパでは訓練されたブタが地中のトリュフを探すのに利用されている。 ブタは嗅覚受容体の遺伝子をイヌの1,094個と比較して1,113個持っており、これは鋭い嗅覚を示す可能性がある。しかし、これに対して昆虫は約50 - 100個の遺伝子しか持たないにもかかわらず、嗅覚を幅広く利用している。 他のブタを識別する際には、視覚刺激よりも嗅覚刺激が用いられる。 聴覚も発達しており、頭を動かすことで音の位置を特定する。ブタはすべての社会活動において、コミュニケーションのために聴覚刺激を広範囲に利用する。 警戒や嫌悪刺激は、聴覚的な合図だけでなくフェロモンによっても他のブタに伝達される。
同様に、母ブタとその子ブタ間の認識は嗅覚および音声による合図で行われる。ブタは嗅覚と聴覚を使って、同種を識別し、自分の子と他の子を区別する。他のブタの感情に敏感に反応し、共感する。また、人間の笑顔と中立的な表情の違いを見分けることができ、なじみのある人間となじみのない人間を区別することができる。
ブタの鳴き声は、日本語では「ブー」「ブヒッ」などと表現されるが、英語では「oink(オインク)」と表記され、中国語での漢字では「嗷(アオ áo)」などが使われる。鳴き声は約20種類を使い分け、喜びや催促の際は高い「ブヒッ」や短めの「ブッブッ」、機嫌が悪い時は低い「ブッブッ」、怒りや威嚇は「ゴォォォ」「ゴォッ」と鳴くとされる。また人間と同じく寝ている際に、いびきをかくこともある。
豚は、イノシシ(Sus scrofa)の亜種であると見なされることが最も多く、この観点に立つ場合には Sus scrofa domesticus と呼称される。しかし、1777年にヨハン・クリスティアン・ポリカープ・エルクスレーベンは、ブタをイノシシとは別の種である Sus domesticus と分類した。この名称は一部の分類学者によって使用されつづけている。アメリカ哺乳類学会は、ブタをイノシシと別の種とみなしている。
ミトコンドリアDNAを用いた系統解析にもとづけば、以下のような系統関係にある。
| イノシシ科 |
| ||||||||||||||||||||||||

豚肉や脂肪を食用とする他、皮革などを利用するために多くの国で飼育されている。
ブタを数える際の単位(数量詞)は、頭または匹と、かなりあいまいである。同じ新聞で、ブタに関することで発行された記事においても、頭と表現した例と、匹と表現した例がある。

| 国名 | 2020年 | 2015年 | 2010年 | 2005年 |
|---|---|---|---|---|
| 406.5 | 471.6 | 467.7 | 421.2 | |
| 77.3 | 68.9 | 64.9 | 61.0 | |
| 41.1 | 39.8 | 39.0 | 34.1 | |
| 26.1 | 27.7 | 26.5 | 26.9 | |
| 22.0 | 27.8 | 27.4 | 27.4 | |
| 32.8 | 28.4 | 25.7 | 24.9 | |
| 25.2 | 19.5 | 17.2 | 13.7 | |
| 18.8 | 16.4 | 15.4 | 15.2 | |
| 13.7 | 13.2 | 14.3 | 14.9 | |
| 14.0 | 13.2 | 12.5 | 14.8 | |
| 11.5 | 12.6 | 12.3 | 11.2 | |
| 13.4 | 12.5 | 13.2 | 13.5 | |
| 12.8 | 12.0 | 13.4 | 12.1 | |
| 11.7 | 11.6 | 15.2 | 18.1 | |
| 19.2 | 15.1 | 9.4 | 5.7 | |
| 11.1 | 10.2 | 9.9 | 9.0 | |
| 9.1 | 9.4 | 9.8 | 9.6 | |
| 8.9 | 9.9 | 10.6 | 12.3 | |
| 8.5 | 8.7 | 9.2 | 9.0 | |
| 9.1 | 7.8 | 7.5 | 6.8 | |
| 世界計 | 952.6 | 992.1 | 971.1 | 904.4 |
種付け用の種雄豚は生後8 - 9か月、体重130kg(キログラム)を目安に交配が可能となり、5 - 8年間繁殖に用いられる。交配は自然交配か、雄豚から採取した精液による人工授精がある。繁殖用の雌豚は生後8か月齢、体重120 - 130kgから交配が開始される。妊娠期間は114日前後で授乳は21 - 35日、年に2.3 - 2.5回の分娩が可能。問題がなければ一生の内に10回以上の分娩が可能である。肉豚(肥育豚)は出生後5 - 6か月、100 - 110kgで食用とされる。
繁殖用の種雄豚は、8年前後、種付けに用いられた後に廃用となり屠殺される。雄臭が強いため、主に皮革や肥料などとして利用される。
繁殖候補として選ばれた子取り用雌豚(繁殖用雌豚)は管理しやすいように妊娠ストールと呼ばれる檻(ストール)の中で飼育される(日本の農場では91.6%で妊娠ストールが使われている)。ストールの面積は1頭当たり1平方メートル前後である。妊娠ストールは国によっては使用が規制されている。
個体識別繁殖の管理のため、母豚は耳刻や入墨、耳標が入れられる。母豚は、生後8か月で初めて交配される。豚は自然交配の方が受胎率が高いことから、人工授精率が牛に比べて低い。牛の人工授精率99%に対し、豚は40%程度である。祖先種のイノシシは2年目にならないと繁殖しないが、豚は8か月齢で人工交配される。

妊娠した母豚は、約114日の妊娠期間を経て、1回につき十数頭の子豚を産む。祖先種のイノシシはの一年間の出産数は5頭弱であるが、多産母豚系統の育種により、産子数は大幅に増加しており、豚は1年2-2.5産で20-30頭を出産する。乳頭はイノシシで5-6対。豚は7対であり、産子数の増加に対して十分ではない。育種による豚の産子数の増加は、養豚業界にとって経済的なメリットがある一方、動物福祉の懸念が指摘される。すなわち一腹あたりの子豚数の増加、分娩の長期化がもたらす母豚の苦痛とストレス、産まれた子豚をケアするという母性行動への悪影響、死産子豚の増加、子豚の低体重と活力の低下である。子豚の低体重は世界中で一般的になりつつあり、出生時の体重が 1 kg 未満の子豚は 15% であると推定されている。また高い出産率は、母豚の死亡率及び、哺乳中子豚の死亡率の上昇とも正の相関関係がある。
母豚は、妊娠期間中は妊娠ストールに、そして出産の少し前から子豚を離乳させる生後21日前後までの間は分娩ストールに収容される。
分娩ストールは、母豚の行動を制限し、妊娠ストール同様転回はできない。分娩ストールは、子豚の圧死を防ぐ目的から分娩柵が両側に取り付けられた檻のことで、子豚はこの分娩柵の間から母豚の乳を飲む。分娩ストールでは母豚と子豚がコミュニケーションを取れる機会はほとんどなく、母豚と子豚の相互作用が損なわれることで、異常行動の発生につながる。自然下では分娩が近づくと、物陰など分娩するのに適切な場所を探して鼻で土を堀り、藁や草などの材料を運び込んで巣作りを行う。養豚場ではがそれができず、分娩前日になると、藁などの巣作り材料がないにもかかわらず、母豚は口や鼻を使って巣作りの真似事をする。これは真空行動という葛藤行動の一つであり、巣作り行動の阻害が母豚のフラストレーションとストレスになること、巣作り行動が母豚の内的に強く動機づけられていることを意味する。
分娩ストールも妊娠ストール同様に動物福祉を阻害するため、スウェーデン、スイス、ノルウェーは、分娩ストールを禁止している。また、オーストリアとドイツでは、分娩後 5 日間程度以降の分娩ストールを段階的に廃止する。日本では禁止されておらず、分娩ストールの使用が一般的である。子豚の圧死を防ぐという目的で使用される分娩ストールであるが、研究では、適切な環境を用意すれば分娩ストールを使わなくても圧死を防ぐことが可能だとされる。圧死の要因として、育種による大型化もある。母豚は大型化した自分の体をうまくコントロールできないことがあり、体を横たえる時はある程度まで体が傾くとドスンとそのまま倒れる。そのため子豚が圧死するリスクとなるとも言われる。
母豚での跛行率は高く、最大48%にのぼり、蔓延率は8 - 16%の間とされている。15%の母豚が跛行が原因で淘汰されており、アメリカでは跛行は母豚淘汰の3番目に多い理由としてランク付けされている。ストールという拘束飼育による運動不足、とくに育種などが要因となる。イノシシは体重が90kgに達するのに1年以上要するが、育種の結果、豚は半年で100kgを超える。この増体を目的とした育種による骨形成不全(肢や関節の変形)が主因と考えられている。跛行は生産性へも負の要素となる。跛行の他、母豚の死の一般的な原因は、突然死、内臓脱出(子宮脱、膣脱、直腸脱)。米国における母豚の死亡率16.2%(2024年)のうち内臓脱出によるものが1/4を占める。母豚の内臓脱出は多く、一部の農場では雌豚の死亡の25~50%を占めるとも言われる。また妊娠ストール飼育は内臓脱出の要因とも言われる。母豚の死亡率は年々増加している。
分娩後、母豚は自分の子豚を体臭などにより明確に識別して世話をする。子豚への21日前後の哺乳期間を経た後、交配用の豚舎に移動させられ、次の交配が行われる。
農場の管理戦略として4回目-5回目の出産後に母豚を処分し、新しい未経産豚に置き換える手法は一般的で、横断的な研究によると、5産次までに淘汰される母豚は50%。一般的に2年間で4 - 6産させ、繁殖用として役目を終えた雌豚(平均3歳)は、「飼い直し」をしても肉質の向上が見られないため、廃用となり屠殺される。その肉はソーセージなどの加工品に利用されることが多い。
産まれたばかりの子豚(新生子豚)は皮下脂肪が他の動物種に比べて薄く被毛も少ないので寒さに弱いため、保温が必要になる。子豚は出生後12時間以内に母豚を嗅ぎ分けることができる。自然環境では、子豚の離乳は生後17週目ころに完了するが、現代の集約養豚では、子豚は生後21日齢ごろに人為的に母豚から離乳される。欧州連合(EU)では、動物福祉への配慮から、離乳時期を28日齢以降と制限している。早期離乳は子豚への大きなストレスとなり、下痢が増加する要因にもなるため、離乳時期については再検討することが求められている。近年、子豚の死亡率は、平均で15%から20%まで変動している。
生後7日以内に、無麻酔での去勢・尾の切断・歯の切断が行われる。
餌を得るための探査行動は動物にとって強い欲求を持つ行動の一つである。特にブタは嗅覚が優れており、強靭な鼻を利用して土を掘り起こすルーティングやものを噛むチューイングといった行動に対して強い発現欲求を持っている。その行動を制限されることでブタは強い欲求不満状態に陥る。十分に発現できない行動に対してブタは、施設をかじることや他個体の尾や耳をかじること、もしくは攻撃行動といった行動に転嫁して発現するのである。—月刊「畜産技術」2014年12月号27ページ-
そのため無麻酔の去勢は福祉的に貧困であるといえる。臭いは、雄豚が成熟した時に発現する。そのためブタが成熟してそういったものが発現する前に屠殺するのであれば必要はない。また、痛みを伴わないよう、(子豚に)単に手を触れている間に起こる悲鳴の周波数は3500ヘルツだったが、最初の切開後には4500ヘルツになり、2度目の切開後には4857ヘルツに達した。音声に発生する周波数と周波数領域に渡る音声分布の変化の大部分は、去勢後により高くなった。去勢直後の子豚は動きも少なく、ふるえたり足がぐらついたり滑ったり尾を激しく動かしたり、嘔吐する豚も見られたが、初めは皆横に寝そべったりはしないで、臀部の痛みが収まり始めてから横たわる。2~3日間これらの行動の変化のいくつかが引き続き見られることにより、痛みの持続期間を指し示した。—集約的に飼育された豚の福祉 < EC 獣医学委員会報告書>、
外科的去勢は、十分な長時間持続性鎮痛剤を使用するという条件ならば行われるべきである。
離乳後、肥育豚として主に配合飼料を給餌し、豚舎内で群飼肥育される。成熟した豚は皮下脂肪が厚くなる。また豚の汗腺は未発達のため肥育豚は暑さに弱い。高温下では、摂食量を減らしたり、呼吸数を増やしたり冷たいコンクリート床に体を横たえたりして放熱量を増加させる。泥場でぬた打ちして体を冷やすという祖先種イノシシの習性を豚も持つが、飼育下では泥場がないため、糞尿を代わりにぬた打ちする。
豚の寿命は10年から15年ほどだが、食用豚は6 - 7か月で105 - 110kg程度に仕上げられ、屠殺される。屠殺される豚の大半に胃潰瘍が認められるが、ストレスが大きな要因となっている。
抗生物質は、ストレスによる呼吸器系、腸系、生殖器系の病気の予防・治療のために飼料添加や注射などで投与される。また人工授精用精液の細菌増力防止としても使用される。去勢や断尾、強制離乳など、豚の幼少期にはストレスの高い管理が行われることが多く、子豚が最も抗生物質が使用される年齢層となっている。
養牛や養鶏と比べ、養豚は抗生物質の使用量が高い。イギリスの調査は、同国内スーパーマーケットの豚肉の10%が薬剤耐性菌に感染していると報告する。現代の集約養豚システムにおける高い飼育密度は、豚をストレスや病原体、呼吸器系疾患リスクにさらしており、その結果、2030 年までに農場での抗生物質の使用は 11.5% 増加すると推定されている。
現在発見されている豚の痕跡の中、中近東で最も古い年代に属するのはトルコで出土した前7000年の物とエジプトから出土した前4000年頃の骨である、古代オリエントや古代エジプトでも豚を食用としていた。古代エジプトではブタを飼う民は賤民とされていたことが、イスラム教においては、豚肉の肉食が食のタブーとなった原因とする説がある。実用上の理由としては、過去に生の豚肉を食べて食中毒になる人が多かったからという説がある。宗教上の理由としては、ユダヤ語聖書『レビ記』では、「四足の獣のうち、反芻しないもの」の肉を食べることが禁じられ、イスラム教の聖典『クルアーン』(コーラン)ではブタは不浄な動物とされている故。

欧州でブタの飼育が発達したのは北方森林地帯のゲルマン人やケルト人の食文化においてだった。
日照時間が短く寒冷で、土壌のやせたヨーロッパでは、穀物の生産性が低い。このため、秋になるとナラ(オーク)の森にブタを放してドングリを食べさせて太らせる豚の放牧が行われた。それを屠畜して食塩と硝石で処理して主要な保存食にしたのである。
後にアメリカ大陸からジャガイモやトウモロコシがもたらされると、土地の面積当たりの収穫量が多いそれらがブタの飼料として利用されることになる。
ドイツやスペイン、イタリアなどのハムやベーコン、ソーセージはこういった伝統を受け継ぐ。また、時代が進むと、軍用の食料として、しばしば生きたまま軍艦や潜水艦などに積載された。
フランスでは12世紀まで、町の清掃のために首に鈴をつけて放牧していたが、1131年10月13日にフィリップ王子を落馬させて死亡させてしまったことから放牧は禁止された。唯一許されたのは、皮膚病の治療に豚の油を使っていた聖アントニウスの信徒が飼っている豚である。
豚の遺骨として最も古いものは中国南部の一万年前のものである。東アジアでは中国の新石器時代からブタは家畜化されていた。中国南部を発祥地とするオーストロネシア語族は南太平洋にまでブタを連れて行った。満州民族の先祖である挹婁人、勿吉人、靺鞨人は寒冷な満州の森林地帯に住んでいるので、ブタを盛んに飼育し、極寒時にはブタの脂肪を体に塗って寒さを防いでいた。
豚は現代中国や台湾でもよく食べられ、中華料理で重要な食材となっている。中国語で単に「肉」といえば豚肉を指すほどで、飼育量も世界最大である。これに対して、中国で牛肉は農耕用に使われた廃牛や水牛を利用する程度で、食用としては硬すぎたり筋張ったりし、それほど好まれなかった。
朝鮮半島(特に韓国)では、縁起の良い動物とされている。漢字の「豚」を朝鮮語読みした「トン(돈、2000年式ローマ字転写:don、MR式ローマ字転写:ton)」が、「お金」を意味する朝鮮語(固有語)と綴りが同じためである。ブタ型の貯金箱に人気があり、「ブタの夢を見るとお金が貯まる」と言われ、宝くじを買ったりする。なお、朝鮮語の固有語では「豚」は「テジ(돼지、dwaeji / twaeji)」といい、イノシシは「メッテジ(멧돼지、metdwaeji / mettwaeji)」という。
ベトナム料理でも祝い事や廟への供物などに子豚の丸焼きを用意したり、ティット・コー(豚の角煮、thịt kho)や、焼豚を載せたライスヌードルであるブン・ティット・ヌオン (Bún thịt nướng) が日常的に食べられたりするなど、中国文化を受けてブタは食材として重要である。中国語同様、ベトナム語でも単に「肉(thịt)」といえば豚肉(thịt heo)を指す。
南太平洋諸島の文化において、ブタは唯一の大型食用家畜として重要視された。元々これらの島々にはブタは生息していなかったが、紀元前10世紀頃から始まったオーストロネシア語族の拡散にともなってブタも海を渡り、メラネシアやポリネシアの多くの島々で重要な家畜となった。一方で、オーストラリアやニュージーランド、イースター島やトゥアモトゥ諸島などのようにブタが持ち込まれなかった島々も存在する。また、ミクロネシアの一部諸島のように、いったん持ち込まれたブタが何らかの理由によって絶滅したところも存在する。ブタの飼育された島々においてブタは儀式の際などに屠られる特別な食料となり、またバヌアツなどにおいてはブタの牙が富の象徴とされた。この際、ブタの牙はできるだけ長く伸びているものほど珍重され、高い価値を持った。長く伸び円弧を描いたブタの牙は、富の象徴としてバヌアツの国旗にも描かれている。
日本列島では縄文時代、主にシカやイノシシを対象とする狩猟が行われていた。縄文時代の遺跡から出土するイノシシ骨では飼養段階の家畜利用を示す家畜化現象の骨が出土していることが指摘され、日本列島における家畜化の可能性も考えられている。一方で、イノシシ飼養はいずれも限定的なもので疑問視する見解も見られる。
弥生時代には日本列島においても本格的な稲作農耕が開始される。中国大陸では農耕はブタやウマ、ウシなど家畜が伴うものであるのに対し、日本列島における弥生期の遺跡からは長らく家畜の痕跡が見られないことから、家畜利用を欠いた「欠畜農耕」であると理解されていた。
1988年 - 1989年には大分県大分市の下郡桑苗遺跡において弥生時代の完形のイノシシ類頭蓋骨3点とブタ頭蓋骨が出土し、さらに九州や本州の遺跡においてブタやニワトリの出土事例が相次いだ。
また、縄文時代の本州においてはシカとイノシシの出土比率がほぼ1:1であるのに対し、弥生時代には「イノシシ」の比率が増加し、また成獣よりも若獣が多く出土している傾向が指摘されていた。この弥生時代の「イノシシ」に関しては、西本豊弘が下郡桑苗遺跡出土のイノシシ類骨に骨の家畜化現象が認められることから、野生のイノシシではなく家畜としての「ブタ」であるとした。その後、弥生ブタの発見事例が相次ぎ、1999年時点で10か所以上からの弥生遺跡において弥生ブタが確認されている。弥生時代の遺跡において「イノシシ」の出土比率が高く、中でも若獣が多い点は「イノシシ」の骨の中に家畜化されたブタが混在している可能性が指摘された。
弥生ブタに関しては縄文時代からイノシシが家畜化されてブタになったのではなく、中国大陸から家畜としてのブタが持ち込まれたとする説があり、1991年と1993年に西本豊弘により指摘された。これは、縄文時代に過渡的な段階のイノシシが見られず弥生時代に突如として家畜化されたブタが出現している点や、日本列島のイノシシの個体サイズが地域的に差があるが弥生ブタはこれとかけ離れたサイズである点などが理由とされる。
2000年には小澤智生が、中国産ブタとニホンイノシシは255塩基対のうち塩基座502により区別が可能であるとし、現生の中国と日本のイノシシ、ブタに関してミトコンドリアDNAの分析を行い、日本国内の弥生ブタとされる資料12点のうち11点がニホンイノシシと同タイプの塩基配列を持ち、弥生ブタはニホンイノシシそのものであるとした。
これに対して、2003年には石黒直隆らが、塩基座502によるイノシシとブタの区別自体に疑義を唱え、新たに255塩基対を含む574塩基対による系統解析を行い、10資料のうち6資料が現生イノシシと同じグループに、4資料は東アジア系家畜ブタと同じグループに含まれ、大陸から持ち込まれた家畜豚は九州・四国の西日本西部地域に限られている点を指摘した。
続く古墳時代の遺跡からもブタの骨は出土している。『日本書紀』『万葉集』『古事記』にみられる「猪飼」「猪甘」「猪養」などの言葉の「猪」はブタの意味であり、ブタが飼われていたことがわかる。
天武天皇は675年に、ウシとウマ、イヌ、ニホンザル、ニワトリの肉食の禁止を定めた。だが、これは正確に言えば、肉食の全面禁止を目的としたのではなく、稲作を促進し安定した税収を確保する観点から出された、稲作に役立つ動物の保護を目的として出された命令であり、禁止期間は稲作が行われる4 - 9月に限定されていた。しかも、当時の肉食の中心であったイノシシやシカをはじめとして、この勅令で指定されなかった動物の肉を食べることは一年を通して禁止されておらず、豚肉を食べることは禁止されてはいない。しかし、律令体制の確立の上で、米を税の中心(租)とする観点から、米の神聖さが強調されるようになった。当初は、稲作に役に立つウシやウマの肉を食べることが稲作の妨げになると考えられたが、時代が経つにつれて、ウシやウマに限らず、肉食そのものが穢れ・悪業と見なされるようになり、ブタの飼育も途絶えてしまった。イノシシが採れる山間部では猪肉がぼたん鍋と称してわずかに食べられることもあった。
中世に琉球王国に属した沖縄県や鹿児島県の奄美地方では、古来からブタの飼育や食用が行われており、沖縄料理は「豚に始まり豚に終わる」ともいわれる。1385年に渡来したという黒豚のアグー(島豚=シマウヮー)が有名で、現在の沖縄料理では最も重要な食材となっている。17世紀以前は牛肉も同様の座を占めていたが、羽地朝秀の改革によりウシの食用が禁止された。その後は中国からの冊封使節団を接待するため王府によりブタの大量生産が奨励されたことなども相まって、牛肉に代わる存在となっていった。しかし、昔は肉食はそれほど容易ではなく、「ハレの日」の料理として扱われていた。琉球王朝時代、豚は「ふーる」と呼ばれる所で飼育されていた。第二次世界大戦前の沖縄では、豚肉料理が食べられるのはせいぜい年に数回であり、普段はラードが豚肉の代用としてよく使われていたという。戦後、沖縄がアメリカ合衆国に統治されると、米兵が多く食べていたポーク・ランチョンミートの缶詰が広く利用されるようになり、現代の沖縄家庭料理に欠かせない素材となった。
奄美地方を支配した薩摩藩でもブタを飼って食べており、佐藤信淵著『経済要録』(1827年)には、薩摩の江戸藩邸で豚を飼って豚肉を売っていたと記録されている。西郷隆盛も豚肉が大好物であったと伝わっている。江戸幕府最後の征夷大将軍徳川慶喜は父徳川斉昭が島津斉彬から豚肉を送られていた(1845年5月2日〈6月6日〉の書簡)ためか、豚肉を好んで食べたので豚一様(豚好きの一橋様)と呼ばれた。新選組も西本願寺駐屯時に松本良順のすすめで神戸から子豚を持ち込み養豚していた。解体は木屋町の医者南部精一の弟子に頼んでいた。 薩英戦争の終結の際にイギリス側から在来の黒豚にイギリスから導入したバークシャー種を贈られ、在来のブタと交配し質を高めた。
長崎においても、鎖国中で数少ない外交窓口であったことから、駐在する中国人の食用として豚が飼育されていた。卓袱料理にも取り入れられて、一部は日本人の食用としても供給され、司馬江漢がこれを食べた記録がある。多くの日本人にとっては忌み嫌われ、中国人の豚好きを揶揄した「楊貴妃は きれいな顔で 豚を食い」という川柳がある。
明治維新以後、肉食は一般化していった。まず普及したのは牛鍋(すき焼き)にみられるように牛が圧倒的であり、豚肉の需要はすぐには伸びなかった。豚の飼育は増えたものの、これは東京近郊の農家が肥料を得るためで、食用が主目的ではなかった。しかし、日本政府が富国強兵策として1900年より養豚事業を開始し、1904年の日露戦争開戦により兵士に支給される食肉が増加、それに伴う牛肉の不足からの豚肉食の奨励が行われた。また大正元年(1912年)にコレラの流行が起きると、警視庁がコレラの流行を食い止めるために魚の生食を制限し、火を通すことが前提である肉食を奨励した。この際、上述のように豚が多く飼育されていた東京や関東地方において安価であった豚肉が注目された。これによって、それまで牛肉が主であったカツレツが豚に置き換えられて豚カツが誕生するなど豚肉料理がこの時期に多く誕生し、豚肉の需要が急増して、ブタも日本各地で再び飼われるようになった。特に関東大震災後に関東地方で養豚ブームが起き、供給量が増えて安価になった。琉球の島豚は1902年にバークシャー種、ハンプシャー種が入り純粋種はなくなったが名護市や奄美大島などで復元されている。
豚の品種は400 - 500種類以上あるといわれている。家畜としての豚の主な用途が食肉に限られることから、この数は800 - 1000品種以上あるとされる羊などと比較すると少ない。これらの品種は便宜上、加工用型(ベーコンタイプ)、生肉用型(ポークタイプ)、脂肪用型(ラードタイプ)の3型に大別されることがあるが、あくまで連続的な分類であり、時代によって変化することもある。一般に、ラードタイプの豚は早熟・早肥であり、ベーコンタイプは晩熟、ポークタイプはその中間である。ラードタイプにおいても赤身の質や量が重視されるようになったことから、これらの区別は比較的曖昧なものとなってきている。また、現代の養豚においては純粋種よりも一代雑種やそれ以上の合成豚を用いることが一般的である。
ブタの品種のうち、改良種として世界的に普及している品種は30種類程度であり、うち日本で広く飼育されるのはランドレース・大ヨークシャー・中ヨークシャー・バークシャー・デュロック・ハンプシャーの6種である。
日本においては、ブランド豚(銘柄豚)を名乗るうえで特に規制はなく、法的な定義も定められていない。日本における豚肉のブランド化は1950年代後半から開始されているが、それは一部に限られた。1980年代後半に牛肉輸入の自由化と円高による輸入拡大によって輸入牛肉が豚肉と競合商品になったことで、1990年代初頭にかけて豚肉のブランド化は急増した。その後は毎年安定的に新規ブランド豚の設立がみられ、豚肉におけるブランド化は一般的なものとなった。ブランド化については、農協、個人農場、生産者グループ、株式会社、行政などさまざまな実施主体がある。ブランド名は地域名あるいは地域を連想させる事物名を冠した名称が多く、ブランド化が必ずしも高品質であることは意味しない(明確で客観的な、法的な品質評価基準が存在しない)ことから、ブランド豚は産地表示的意味合いが強いともいえる。実情として、多くのブランドでは、単なる産地名表示とは異なっており、何らかのかたちで一般豚とは異なるものであることを主張して一般豚との差別化をうたっている。差別化のポイントとしては、豚の品種や血統、豚の飼料内容や飼養環境、投薬管理などが多い。

ブタが豚舎等から逃げ出して野生化すると、全身に剛毛が生え、牙が伸び(正確には家畜のブタも牙が生えるが、安全のために切っている)、先祖返りしてイノシシ化することがある。イノシシの牙よりブタの牙の方が曲がっているため、これで区別をつける。ブタは西欧諸国により植民地化された大洋に散在する離島に食料として狩るために放されたこともあり、ハワイなどでも見かけることがある。イノシシとの混血をイノブタと呼ぶ。
アメリカ合衆国では、2004年にジョージア州で射殺され、写真が公表された巨大なブタのような動物がホグジラと命名された。埋められた死骸を調査した結果、野生化したブタと推測されている。
しかし上記の通り、ブタやイノブタの生態系エンジニアとしての側面に注目して、イノシシの代用として利用する再野生化のプロジェクトも存在する。
豚は民話、寓話・童話、アニメーション等に、擬人化されたキャラクターとしてよく登場する。