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コーエーテクモゲームス本社(KTビル) | |
| 種類 | 社内チーム |
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| 所持会社 | コーエーテクモゲームス |
| 使用会社 | コーエーテクモゲームス |
| 使用開始国 |
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| 主要使用国 |
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| 使用開始 | 1996年 |
| 代表者 | ブランド長 安田文彦 |
| 関連ブランド | 「コーエーテクモゲームス#ブランドグループ」 |
| 旧使用会社 | テクモ(1996年 - 2010年) |
| 登録商標 |
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| 別名 | チーニン |
Team NINJA(チームニンジャ)は、コーエーテクモゲームス(旧テクモ)のコンピュータゲームを開発する社内チーム。主にアクションゲームを開発し、代表作に『デッド オア アライブ シリーズ』と『NINJA GAIDEN』シリーズがある。
チーニンの略称でも呼ばれる。開発したタイトルには年齢制限の高いものが多い。
最初の作品は、1996年にアーケードゲームとしてリリースされた格闘ゲーム『デッド オア アライブ』。女性キャラクターの魅力を前面に打ち出したこの作品は、テクモの主力製品としての地位を確立させた。Team NINJAの製作した同シリーズはアーケードゲームのみならず、家庭用ゲームとしても多くのシリーズ作品が発売されている。
また、Team NINJAは、2004年に1995年以来休止していた同社のゲームシリーズ『忍者龍剣伝』を復活させ、名称を日本国外の名称で発売されていた『NINJA GAIDEN』に統一し、Xbox向けに発売した。日本ではあまり振るわなかったものの、国外ではゲーム情報ウェブサイトで2004年のハード別最優秀アクションゲーム賞に選ばれた。
『デッド オア アライブ』『NINJA GAIDEN』の両シリーズは、統括部長を務めていた板垣伴信の指揮の下、XboxとXbox 360向けの独占タイトルとして供給されていた。一方で、板垣が関わらずに開発されたとする『NINJA GAIDEN Σ』が2007年に発売されている。また、翌年にはニンテンドーDSにも、早矢仕洋介をプロデューサー兼ディレクターとして『NINJA GAIDEN Dragon Sword』が発売されている。
しかし2008年に、板垣がテクモに対して賃金(成功報酬)未払いと名誉毀損を理由に訴訟(テクモ#訴訟を参照)を起こしたと発表。板垣の声明文には7月1日にテクモを自主退職するとも書かれていたが、それを待たずして6月18日にテクモより解雇された。板垣はこれを不当解雇として、訴訟の賠償請求額を引き上げた。この裁判は2010年2月に、和解により解決した。
テクモはTeam NINJA創設者である板垣伴信の退社に追随して数十名が退社するとの海外の一部メディアにおける報道に対して主要な人材の流出はないと発表した。しかし、およそ一年後の2009年5月に報道された板垣らへのインタビューによると、Team NINJAスタッフのうち『NINJA GAIDEN 2』を制作したプロデューサーの岡本好古やディレクターの江原克則、松井宏明らを含む数十名以上が既にテクモを退社しており、板垣と共に新しい開発チーム(当時の仮称は「東京バイキング」)を設立したと明らかにしている。その後、2010年3月になって板垣の所属する新会社ヴァルハラゲームスタジオの存在が正式発表された。
板垣の後任の統括部長には長谷川仁が就いたが、遅くとも2009年3月時点で早矢仕洋介がチームリーダーとなっている。2010年には任天堂発売の『メトロイド アザーエム』(Wii) を開発した。2011年には『デッド オア アライブ ディメンションズ』、2012年には『NINJA GAIDEN 3』『デッド オア アライブ5』が発売された。
コーエーテクモゲームスの組織変更に伴い2026年4月1日付でTeam NINJAブランド1部をガストへ移管しガストブランド2部へ変更、ならびにTeam NINJAブランド2部を同ブランド1部および2部へ分割予定。
括弧内は日本における発売年月と対応機種
格闘ゲーム。企画発案は江原克則であり、江原は板垣と共にシリーズを通してディレクターを務めた。
本編である格闘ゲームのデッド オア アライブのキャラクターが登場するスピンオフ作品。
『忍者龍剣伝』を蘇らせた3Dアクションゲーム。1・2は板垣伴信がプロデュースし、Σ系と3は早矢仕洋介がプロデューサーを務める。