Yak-42 (航空機)

ヤコヴレフ Yak-42
トゥルパル・エアサービスのYak-42D
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クバーナ航空 Yak-42D
引き込み式タラップ(エアステア)から乗客が降りている。

Yak-42(ロシア語:Як-42ヤーク・ソーラグ・ドヴァー)は、ソ連のヤコヴレフ設計局が開発した3発ジェット旅客機。

概要

Yak-42は、Yak-40を大型化した短距離用3発機である。機体はYak-40同様、Tu-154やボーイング727のような機体後部にエンジンを設置したリアエンジンレイアウトである。しかしながら、乗客数が120席と同じ小型の地域路線用のYak-40の30席クラスよりも4倍も増加しており、まったくの新造機と言ってもよい機体である。 また、Yak-40同様、機体後部に引き込み式タラップ(エアステア)を備えていて、 ボーディング・ブリッジや外付けタラップが無くても乗り降りが出来るようになっている。

1973年に計画が公表され、1975年に試作機が初飛行、1980年にアエロフロート・ソビエト航空で就航している。しかし1982年6月28日に製造ミスによる水平安定板の機構不具合により墜落して乗員乗客全員が死亡する事故(アエロフロート8641便墜落事故)が発生した。そのため、設計の修正が完了した1984年まで全てのYak-42が飛行停止処分に置かれた。

現在では不具合も解決され、性能も優れていたため2003年まで生産が継続された。主な派生型としてはYak-42D(Як-42Дヤーク・ソーラク・ドヴァー・デー)がある。(Yak-42Dはかつての西側諸国での騒音規制もクリアしている。)

Yak-42は、ロシアやウクライナを中心に徐々に従来のツポレフ製旅客機を代替するなどしてその運用の幅を広げている。旧ソ連諸国の航空会社ではソビエト連邦の崩壊後は西側製の機体を導入することが流行となったが、本機はその中にあって堅調な販売実績をあげているといえる。

派生型

Yak-42
初期生産型。最大離陸重量54,000 kg (119,050 lb)。
Yak-42ML
国際線向けのアビオニクス改修型。1981年7月、レニングラード-ヘルシンキ線で就航した。
Yak-42D
燃料搭載量を増やした長距離型。標準型のYak-42に代わって生産された。
Yak-142
Yak-42Dの派生型。アライドシグナル製アビオニクスへの更新、急降下を可能にするスポイラーの装備、ボーディング・ブリッジに対応した大型客室ドアを採用した。Yak-42A、Yak-42-100、Yak-42D-100とも呼称される。
Yak-42R
Yak-141用レーダーの試験機として使用されたYak-42。
Yak-42F
環境調査用に改修されたYak-42。電子光学センサー搭載の大型ポッドを主翼下に装備している。
Yak-42LL
プロフレス D-236(英語版) プロップファンエンジンの試験機として改修された機体。右エンジン1基をD-236 (定格出力:8,090 kW / 10,850 shp) に換装し、直径4.2 mのプロペラのクリアランス確保のため、専用パイロンが装備された。1991年3月15日に初飛行した。
Yak-42M
計画のみで製造されなかった胴体延長型。プロフレス D-436 ターボファンエンジン3基を搭載し、延長した胴体と新設計の主翼を採用する計画だった。この設計は後にYak-242へと発展した。
Yak-242
Yak-42Mの発展型。主翼下にPS-90 ターボファンエンジン2基を搭載する。この設計はイルクート MS-21へと発展した。

運用国

運航している航空会社

※2023年9月現在

かつて運航していた航空会社

事故

1993年11月20日、ジュネーブ発スコピエ行きのアビオインペックス航空(英語版)110便がスコピエ空港が悪天候のため代替空港のオフリド空港(英語版)へ着陸しようとしていたところ、空港近くの山岳地帯に墜落し、最終的に乗客乗員全員の116人全員が死亡した。

仕様 (Yak-42D)

Yak-42の三面図
諸元
性能

脚注

  1. ↑ Yak-42Dの引き込み式タラップ Airliners.net
  2. ↑ “After updating the Yak-42 aircraft fully meet the Chapter 3 ICAO standard on noise level.”/公式HP

関連項目

外部リンク