| ジェイク・シマブクロ Jake Shimabukuro | |
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2007年、カリフォルニア州のJoshua Treeで演奏をするジェイク・シマブクロ | |
| 基本情報 | |
| 生誕 | 1976年11月3日(49歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | J-POP, ジャズ, ブルース, ファンク, ロック, クラシック, ブルーグラス, フォーク, フラメンコ |
| 活動期間 | 1998年 - |
| レーベル |
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| 共同作業者 |
ピュア・ハート コロン ほか |
| 公式サイト | Official Jake Shimabukuro Website |
ジェイク・シマブクロ(Jake Shimabukuro、1976年11月3日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル出身の日系5世のアメリカ人ウクレレ奏者、作曲家。
稲妻のような超速弾きと正確無比なテクニックを併せ持つ、ウクレレの達人であり、「ハワイのジミヘン」との異名を持つ。ジャズ、ブルース、ファンク、クラシック、ブルーグラス、フォーク、フラメンコの要素を組み合わせた数多くの音楽を手がけ、映画『フラガール』 (2007年)や日本版の『サイドウェイ』(2009年)など2つの日本映画の全サウンドトラックを作曲する。
2000年代の初頭にソロ活動を通じて日本とハワイで知られる存在となる。彼の巧みなアレンジと演奏によるホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープスのビデオが彼の知ることなくYouTubeに投稿されバイラルビデオとなり、2006年に国際的に有名になる。その後、コンサート、伝説的なミュージシャン達とのコラボレーション、メディア出演、音楽制作活動などが著しく増えることとなる。2012年には、彼の半生、キャリア、音楽をもとにしたドキュメンタリー映画である Jake Shimabukuro: Life on Four Strings がリリースされ、数多くのフィルムフェスティバルで受賞 を受ける。また、アメリカのテレビ局のPBSで放送され、その後DVDとしてもリリースされた。
母語が英語であるため、日本語はあまり得意でないようだが、コンサートのMCの際日本語を使う。決まり文句として「よろしくお願いシマブクロ」がある。ただ、近年は日本語力も向上しているようで2014年8月8日の『ミュージック・ステーション』(テレビ朝日)に出演した際には通訳が傍に待機していたものの、番組内では通訳なしで会話をしていた。
既婚者であり、2012年に第1子が誕生した。弟のブルース・シマブクロも、ハワイで有名なウクレレ奏者である。

4歳の時に母、キャロルからウクレレをもらい、直ぐに興味を持ち一日に何時間も練習する。ベテラン・ウクレレ・プレーヤー・シンガーである母からレッスンを受け、w:Roy Sakuma スタジオでタミ・アキヤミの指導を7年間うける。
日系アメリカ人五世である彼は、1998年に ロパカ・コロン(Lopaka Colón、パーカッション)、ジョン・ヤマサト(Jon Yamasato、ギター/ボーカル)とのトリオバンドの Pure Heart の活動で注目されるようになる。ハワイのグラミー賞と言われる ハワイ・レコーディング・アート・アカデミー(Hawaii Academy of Recording Arts) 主催の「ナ・ホク・ハノハノ賞」で、「アイランド・コンテンポラリー・アルバム・オブ・ザ・イヤー」、「モスト・プロミシング・アーティスト」、「アルバム・オブ・ザ・イヤー」、「フェイバリット・エンターテイメント・オブ・ザ・イヤー」等の4つの賞を受賞したバンドの名祖となったファーストアルバムをリリースした時、シマブクロ氏は楽器屋の店員をしていた。後に「ホノルル・マガジン」により公に行われた投票でアルバム「Pure Heart」は、ハワイ歴代トップ50アルバムの1つとして選ばれている。
翌年の1999年にリリースしたアルバム「Pure Heart 2」もナ・ホク・ハノハノ・アウォーズで「アイランド・コンテンポラリー・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。ヤマサト氏の脱退後、有名パーカッショニストだったコロンの父、Augie Colón氏の名を借りた新しいバンド 「Colón」を結成。新しいギタリストとしてガイ・クルズ (Guy Cruz)、ベーシストとしてアンドリュ・マクレラン (Andrew McLellan)がバンドに加入する。2000年にリリースされてアルバム「The Groove Machine」は、2001年にナ・ホク・ハノハノ・アウォーズで「フェイバリット・エンターテイメント・オブ・ザ・イヤー」を受賞してする。
2002年のはじめに Colón を解散しソロの道を歩み始める。 同年、日本出身の新しいマネージャー、カズサ・フラナガンの助けを借り、ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本)のエピック・レコードとレコード契約を交わした初めてのハワイ出身のアーティストとなる。 アルバム「サンデー・モーニング」をリリースし、日本を中心にツアー活動に専念、彼の演奏は、多くのラジオ番組でもエアーされる。 その後、2002年に「スカイライン」、2007年に「春よ来い」、2008年に「YEAH.」、「一期一会」、2009年に「安穏」、「ザ・ミュージック・オブ・サイドウェイズ」、「Across The Universe」、2011年に「アロハ・トゥ・ユー」、「UKULELE X JAKE SHIMABUKURO」、2012年に「ウクレレ・ディズニー」等の数多くの日本限定版CDをリリースする。2008年には、写真入り単行本の「風の名前~ジェイク・シマブクロの肖像」を出版する。
ソニージャパンが海外向けのアルバムをリリースしないため(アメリカにもソニー系レーベルは存在するが、経営が独立している関係もあってか同社での販売契約は行っていない)、ハワイでのリリースを図る目的でヒッチハイク・レコードを設立する。2002年に「サンデー・モーニング」、2003年に「クロスカレント」、2004年に「ウォーキング・ダウン・レインヒル」、2005年に「Dragon」をソロ・パフォーマーとしてアメリカ向けアルバムを発表する。アルバム「Dragon」以外他のアルバムは、ナ・ホク・アウォーズで最優秀インストゥルメンタル・アルバム賞、ハワイ・ミュージック・アウォーズの両賞を受賞し、「Dragon」は、ハワイ・ミュージック・アウォーズでベスト・ロックアルバム賞に選ばれ、Billboardの2005年ワールド・トップアルバムで第5位までのぼり詰める。シマブクロ氏は、ウクレレではあまり使われないエフェクターペダルを使用してウクレレの新しいサウンドの創造に取り組む。
2004年には、「Rainbow」がハワイ州観光局のキャンペーン・ソングに選ばれイメージキャラクターに抜擢される。3月26日に日米交流150周年記念外務大臣表彰を受ける。
「」内は参加楽曲。