| JET STREAM | |
|---|---|
| ジャンル | 音楽番組 |
| 放送方式 | 録音 |
| 放送期間 | 1967年7月4日(3日深夜) - |
| 放送時間 | 月 - 金曜日 24:00 - 24:55(火 - 土曜日 0:00 - 0:55、55分) |
| 放送回数 | 2万2000回 |
| 放送局 | FM東海→TOKYO FM |
| 制作 | エフエムサウンズ |
| ネットワーク | JFN |
| パーソナリティ | #歴代の「機長」「キャビンアテンダント」(パーソナリティ) |
| テーマ曲 | 古澤巌『ミスター・ロンリー』(2017年4月4日 - ) |
| 提供 |
日本航空(JAL) 歴代スポンサー AEON SEIKO 日本大学 Yakult |
| 公式サイト | 公式サイト |
| 特記事項: 放送期間・放送時間はエフエム東京(制作局、東京地区)のもの。 TOKYO FM開局前は前身のFM東海で放送。 2000年4月4日 - 2002年10月1日は『LOVE SOUNDS ON JET STREAM』のタイトルで放送。 2017年10月2日 - 2018年3月30日は制作局のTOKYO FMのみ月 - 金曜5:00 - 5:55に再放送を半年間限定で実施。 | |
『JET STREAM』(ジェット・ストリーム)は、1967年7月4日(7月3日深夜)から放送されているエフエム東京 (TOKYO FM) 制作の音楽番組。現在(2025年度)は、TOKYO FMおよび、同局が幹事局を務めるJFNの加盟全局(38局)で放送枠を月 - 金曜日の24:00 - 24:55(火 - 土曜日の0:00 - 0:55)に設定している。
開始当初の放送枠は月 - 土曜日の24:00 - 25:00(火 - 日曜日の0:00 - 1:00)だったが、1973年の4月から平日のみの放送に移行。TOKYO FMが制作する番組および、JFN加盟局でのネット番組としては最も長く放送されていて、2022年7月4日(月曜日)深夜(7月5日)に放送の開始から55周年を迎えた。1970年4月24日(金曜日)深夜放送分までFM東海(東海大学が当時運営していた超短波放送実用化試験局)が制作していたが、後述する事情から同日で廃局したことに伴って、翌週4月27日深夜放送分から制作・放送の業務をエフエム東京が引き継いでいる。
日本航空と関係が深く、番組開始の当初から、一時期を除いて単独(または他社・他法人と共同)でスポンサーに付いている(詳細後述)。番組タイトルの「JET STREAM」はジェット気流を意味する英語で、パーソナリティが男性の場合には「機長」・女性の場合には「キャビンアテンダント」と称している。
本項は、2021年10月11日から2022年3月31日まで毎週月 - 金曜日(基本として20:00 - 20:30)にTOKYO MXで放送された同名の東京ローカル向け番組も取り上げる。「テレビ版」として特記しない限り、FM東海→TOKYO FM制作分のラジオ番組について記述している。
超短波 (FM) 放送の実用化試験局と多重放送の実験局(現在の実験試験局)を併設していたFM東海で、1967年の7月4日(3日深夜)に放送を開始。FM東海は実用化試験局に限って所轄官庁の郵政省と文部省からCMを付けての放送(広告放送)を認められ、当初から日本航空が単独で提供していた。
FM東海を運営していた東海大学は、郵政省から発行されていた無線局免許状の有効期限が1968年6月30日で満了することを前に、免許状の再発行(免許の更新)を同省に申請した。「実用化試験局と(広告放送が認められていない)実験局の区別が曖昧にされている」との理由で、免許の更新が見送られた。東海大学はこの措置を不服として郵政省を提訴したが、裁判所による調停を受けて、実用化試験局の免許を返上。FM東海は多重放送の実験局として存続したものの、広告放送を含む営利活動は禁じられたため、当番組でもノンスポンサーでの放送を余儀なくされた。結局、東海大学はFM東海を1970年4月25日(土曜日)の24:00に廃局したうえで、翌26日(日曜日)から株式会社形式の民間放送局(エフエム東京)へ移行することを決定(当該項で詳述)。このような事情から25日の深夜(26日の未明)に放送を完全に休止することも決まったため、当番組はFM東海での放送を24日の深夜(25日の未明)で終了した。ちなみに、同局では通算で882回放送されている。
1970年4月27日(月曜日)の深夜(28日の未明)からエフエム東京での放送を開始すると、2004年11月25日(木曜日)の深夜(26日の未明)に通算の放送回数が1万回、2017年7月3日(月曜日)の深夜(4日の未明)に放送の開始から50周年へ到達。放送50周年の節目を迎えるに当たっては、50周年記念の特別番組を7月2日(日曜日)と3日に編成したほか、TOKYO FMで当時放送されていた他番組とのコラボレーション企画を展開していた。
放送ライブラリーでは1973年7月20日(金曜日)深夜(21日未明)放送回の音源を公開。FM東海を運営していた東海大学の松前記念館に、同局の下で放送を開始した当初の音源を記録したテープが保管されている。
イージーリスニング系の楽曲を全編にわたって流しながら、パーソナリティが最小限の語りを添える構成が特徴。「日本国内から国際線の夜行便で海外の旅に向かっていることを想起させる詩を、『ミスター・ロンリー』に乗せてオープニングとエンディングで穏やかに語り掛ける」という演出でも知られている。
伊藤酒造雄(いとう みきお)が日本航空の宣伝課長時代に当番組の立ち上げをFM東海に勧めていた縁で、初回から999回目の放送では、本人の手による以下の詩を採用(詳細後述)。
太陽が沈んでから もうずいぶん時が流れました。昼間の騒音と埃に汚された時間は、すっかり宇宙の果てしない暗黒の中へはき出され、
今、私たちの周りを音もなく流れている時間は高度1万メートルの空気のようにフレッシュです。
地球の自転によって成層圏で起こる壮大な大気の流れ、ジェットストリーム。
その神秘的な永久運動さえこの純粋な時間の流れの中では、夜の潮騒のように私たちの身近に迫ってまいります。
これからの1時間、日曜を除く毎晩、(日本航空が)あなたにお届けする音楽の定期便「JET STREAM」。 — 伊藤酒造雄
(()内はFM東海時代末期は割愛)
1970年(エフエム東京での放送開始後)の第1000回(このカウントはFM東海時代を含めた回数)から1994年の最終放送(第7387回)までは堀内茂男(放送作家)による以下の詩が採用された。
遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営み(途中からは「限りない宇宙の営み」)を告げています。満点の星を頂く果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に心を開けば、煌く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂のなんと饒舌なことでしょうか。
光と影の境に消えていったはるかな地平線も瞼に浮かんでまいります。
これからのひと時、月曜から金曜の毎晩、(日本航空が)あなたにお送りする音楽の定期便「JET STREAM」。 — 堀内茂男
(()内は詩の後に通常の提供クレジットを挿入するようになった2002年以降は読まれていない)
1995年の初回放送(第7388回)から2000年3月までは清水哲男(詩人)、2000年4月から原田宗典(小説家)が書き下ろした詩をパーソナリティが読み上げていた。2002年10月からは、かつて採用していた堀内の詩が再び朗読されている。
番組全体のスクリプト(脚本)については、伊藤が初回から999回目の放送まで手掛けた後に、堀内が長らく担当している。清水と原田の詩が採用されていた時期には、清水がスクリプトを執筆していた。
パーソナリティについては、城達也が初回から1994年12月30日(金曜日)の深夜(31日の未明)まで27年以上にわたって担当した後に、小野田英一、森田真奈美、伊武雅刀、大沢たかおが歴任。2020年3月30日(月曜日)の深夜(31日の未明)からは、福山雅治が務めている。日本航空がスポンサーに付いている関係で、パーソナリティは基本として「機長」を名乗っているが、女性である森田には放送上「キャビンアテンダント」という肩書を付けていた(詳細後述)。
『ミスター・ロンリー』については、フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラの演奏による音源を、オープニングとエンディングで長らく放送してきた。現在は、古沢巌の演奏による『ミスター・ロンリー』をオープニング、溝口肇の演奏による『ミスター・ロンリー』をエンディングで使用。城が「機長」だった時代の終盤で金曜日の深夜(土曜日の未明)に編成されていた「Midnight Odyssey」(ミッドナイト・オデッセイ)ではテーマソングを変えるとともに、スクリプトを原田が執筆。2019年4月から2020年3月までの金曜深夜(土曜未明)放送分では、「Style yourself, HAWAII Friday」(スタイル・ユアセルフ、ハワイ・フライデー)と題してハワイに関する話題や楽曲を取り上げていた関係で、名渡山遼のアレンジによる『ミスター・ロンリー』をエンディングで流していた。
その一方で、伊武を「機長」に起用してからは、「サウンド・グラフィティ」というコーナーを番組の中盤に編成。特定の都市・国・地域にまつわる楽曲を、現地の情報や現地の雰囲気を想起させる音源を交えながら数曲流している。通常の放送ではスタッフが選曲しているが、(FM東海時代からの通算で)放送開始50周年を迎えた2017年の4月から12月までは、「私のサウンド・グラフィティ」という特別企画を金曜深夜(土曜未明)放送分に限って実施。週替わりでテーマを設けるとともに、パーソナリティの経験者を除く著名人(日本の音楽会を牽引するアーティストや日本を代表する文化人・クリエイター)が当番組の世界観に寄り添いながら選んだ楽曲を放送していた。
放送開始から55周年を迎えた2022年には、「新しい空の旅へ」というテーマを4月4日(月曜日)深夜(5日未明)放送分から全曜日共通で設定。このテーマに沿ってさまざまな主人公の旅の物語を紹介していたため、前年(2021年)まで24:20頃に設定されていた「サウンド・グラフィティ」の開始時間を24:35頃までに繰り下げた。8月以降は「My JET STREAM」と称する放送55周年記念企画を実施。リスナーから旅のエピソードに関するメッセージを 番組公式サイト内の特設ページで11月末まで受け付けるとともに、寄せられたエピソードの一部を、9月から12月まで金曜深夜(土曜未明)放送分の終盤で紹介していた。寄せられたエピソードから1編を「最優秀賞」に選出。年内の最終週(12月26日深夜 - 30日深夜)には、そのエピソードを基に小川哲(作家)が書き下ろした「旅の物語」を、5日間放送している。
当番組が誕生したきっかけは、FM東海の営業部員だった後藤亘が、実用化試験局向けの営業活動を通じて日本航空(JAL)宣伝課長の伊藤酒造雄と知り合ったことにある。
伊藤は、かつて赴任していたアメリカ合衆国で『Music Till Dawn』(JALと同業のアメリカン航空がスポンサーに付いていたFM局の深夜番組)を毎晩のように聴いていて、日本へ帰任する際には「このような番組を作ってみたい」との夢を持つまでに至っていた。日本では、ラジオ関東が中波 (AM) 放送の単営局ながら1958年から『ポート・ジョッキー』(洋楽に特化した音楽番組)を放送した。後藤はこの番組の熱心なリスナーで、旅情をかき立てる演出(霧笛の効果音を使用したオープニングなど)に魅了されていた。
後藤は、航空機を利用した「空の旅」の時代が到来することを見越しながら、『ムーンライト・ハーモニー』という音楽番組を企画。この番組のスポンサーに付くことを、伊藤を通じてJALに提案した。最初は「平日に15分間だけ放送する帯番組」として提案したものの、前述した夢を持つ伊藤が「15分では短過ぎる」と難色を示したため、(日本国内の他のラジオ局が放送を一斉に休止していた)24時台(午前0時台)に60分間の放送枠を確保することで合意。アメリカから取り寄せた『Music Till Dawn』の同録音源をベースに、「ジェット機のエンジンが駆動していることを示す効果音を番組の冒頭に流す」「旅情をかき立てる詩をパーソナリティがオープニングで『ミスター・ロンリー』に乗せて語る」「ヴォーカルの入った楽曲を一切放送しない」といった方針を立てたうえで当番組の制作を始めた。ちなみに、『Music Till Dawn』のオープニングではパーソナリティがタイトルコールを発するまでに3分以上を要していたが、当番組ではこのような演出をオープニングで採用。伊藤はその詩の執筆も手掛けていて、初代「機長」(パーソナリティ)の城達也が初回から999回目の放送まで実際に読み上げていた。
当番組開始の時点で声優として確固たる地位を既に築いていた城は、初代の「機長」と並行しながら、1968年から『ビッグイベントゴルフ』でナレーションを長らく担当。FM東海が実用化試験局免許の返上によって営利活動を一切取り止めてからも、「スポンサーを付けられなくなったので、出演料(ギャランティ)を『出世払い』にさせて欲しい」という後藤からの要請を快く引き受けながら「機長」を続けた。
当番組に対するJAL関係者への思い入れは深く、日本人の海外旅行が夢だった時代に、「世界へ思いを馳せる貴重な番組」として位置付けていた。現に、城と小野田英一が「機長」を務めていた時期には、通常のラジオCMを番組のエンディングに続いて流していたにもかかわらず、「『機長』が世界中の国や都市にまつわる小話をひとしきり語ってから、当該地域を目的地に設定したジャルパック(JALが実施している海外向けのパッケージツアー)のプランを告知する」というインフォマーシャル風の紹介が本編で頻繁に為されていた。
ちなみにJALは、1953年10月1日から1987年11月17日まで、 日本政府が出資する特殊会社として運営されていた。このような経緯から、FM東海が実用化試験局免許の更新拒否をめぐって郵政省と係争していた時期には、「国(日本政府)と係争中の放送会社(FM東海)でCMを流せなくなったからには当番組を終了せざるを得ない」との申し入れが伊藤から後藤にあった。実際は「JALのCMはおろか、同社を想起させる言葉やメッセージも放送で一切流さない」条件で放送を続けたのちに、エフエム東京の放送に移行している
当番組がエフエム東京で放送されるようになってからは、JALの経営状態が悪化。特殊会社の根拠法であった日本航空株式会社法が1987年11月18日に廃止されてからは、日本政府の出資を受けない特殊会社の下で経営の再建を図っていた。JALでは、広告費を初めとする歳出の大幅な削減が求められる状況にも直面しても、当番組に限って単独での提供を継続。しかし、2010年1月19日に会社更生法の適用を裁判所へ申請したところ、適用が認められた。この措置によって事実上の倒産に至ったJALは、単独提供の継続を断念する代わりに、複数の企業・団体と日替わりで提供する体制へ移行。JALは会社更生の完了(2011年3月28日)を経て東京証券取引所への再上場(2012年9月19日)したが、同社以外のスポンサーは、放送の時期・曜日によって入れ替わっている。
2024年1月2日に羽田空港で発生した日本航空所属航空機と海上保安庁所属航空機同士による衝突炎上事故を受けて、同日深夜(3日未明)放送分から同月24日放送分までCM提供を自粛したため、ACジャパンに差し替えた。
ちなみに後藤は、FM東海からエフエム東京への移籍を経て、1989年からエフエム東京の代表取締役社長へ就任。1997年6月から2007年5月までは、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の第2代代表取締役社長を兼務していた。TOKYO MXでは2007年6月から代表取締役会長を務めていて、会長在任中の2021年度下半期には、後述する「テレビ版」がレギュラーで放送された。その一方で、TOKYO FMの制作によるJFN全国ネット番組では、『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』(2007年10月から放送中)でもJALが一時他社と共同でスポンサーに付いていた。
城が「機長」を務めていた時代にFMで放送していた回などのアーカイブ音源を30分に編集した番組で、2021年10月11日から2022年3月31日まで、TOKYO MXの第2チャンネル (MX2) で放送。2022年3月25日(金曜日)までは基本として放送枠を月 - 金曜日の20:00 - 20:30に設定していたが、翌週(同月28日から31日まで)は6:00 - 6:30に放送された。テレビでは後述する音楽ソフトの通信販売を宣伝するCMや番組もかねてから民放各局で流れているが、このような目的を伴わないレギュラー番組として編成されたことは、2021年度の下半期におけるTOKYO MXが初めてである。
※オープニングとエンディングは共通で、ピアノやギターの音色でアレンジされたものであった。
この節の加筆が望まれています。 |
以下のJFN系列局は、特記のない限り開局時よりネットしている。
本番組をテーマとしたコンサートは、城達也時代では番組の節目となった年に開催され、その模様は公開生中継された。大沢たかお時代にも、2010年から2017年まで定期的に開催された。
2007年より、「JET STREAM PRESENTS 国境なき合唱団 チャリティコンサート」が開催されている。これは、当番組の放送開始40周年を記念として、JALブランドコミュニケーション(JALグループ会社)によって企画されたコンサートツアーである。様々な国を訪れ、『第九』を中心とした合唱のコンサートを行う。TOKYO FMが主催し、第2回より日本航空も協賛に加わっている。
参加者を一般から募り、チャリティコンサートを作るアート・ボランティアの活動を通して、世界中の恵まれない子供たちをサポートするための寄付金(JFNの「アース&ヒューマンコンシャス募金」を通じ、開催国の児童福祉施設や、日本のNPO法人国境なき子どもたちに寄付される)を募集することを目的としている。
一般参加者は「ボランティアスタッフ」となり、合唱ボランティア、現地運営ボランティア、寄付品整理ボランティア、観客ボランティアと、様々な形でコンサートに関わることになる。これらの活動は強制ではなく、参加者各自が自発的に行うことを原則としている。ツアー代金とは別に寄付金を出している。
国境なき合唱団は、日本国内のコンサートへの参加など、「チャリティコンサート」以外での活動も行っている。
初代機長の城達也時代のものを中心にカセットテープ化やLPレコード化、およびCD化されたものや、映像化(VHS化、LD化、DVD化、ブルーレイディスク化)されたものが残されている。一部のソフトは通信販売専用商品として販売されており、ユニバーサルミュージックから販売されるDVDおよびブルーレイディスクのソフトは、通販番組『音楽のある風景』やユーキャン出稿の新聞広告やテレビCMなどで紹介された。
人気番組であるだけに、この番組を題材にしたオマージュやパロディも多い。以下はその一例である。タイトルの「JET STREAM」をもじった番組や番組内コーナー、番組構成等に全く類似性がないものもある。