| プロフィール | |
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| 愛称 |
めぐたん ジン ジンちゃん |
| 生年月日 | 1981年9月25日 |
| 現年齢 | 45歳 |
| 出身地 |
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| 血液型 | A型 |
| 公称サイズ(2003年4月時点) | |
| 身長 / 体重 | 158 cm / ― kg |
| スリーサイズ | 94 - 60 - 86 cm |
| カップサイズ | H |
| 活動 | |
| デビュー | 1999年 |
| ジャンル | タレント |
| 配偶者 | 降谷建志(2008年 - 2023年) |
| 著名な家族 | 降谷凪(長男) |
| 他の活動 | 女優、実業家、映像プロデューサー、元歌手 |
| 事務所 |
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| その他の記録 | |
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元グラビアアイドル 第2代目(2003) KYORAKUミスサプライズ | |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
MEGUMI(メグミ、1981年〈昭和56年〉9月25日 – )は、日本のタレント、女優、映像プロデューサー、実業家、元グラビアアイドル、元歌手。本名は山野 仁(やまの めぐみ)。岡山県倉敷市出身。
島根県松江市で生まれた後、5歳の時に母と共に倉敷市に転居し、運送会社で経理をする母に女手一つで育てられた。幼い頃から、考える前に体が動くというタイプで好奇心旺盛な性格だった。倉敷市立中島幼稚園、倉敷市立中島小学校、倉敷市立倉敷第一中学校卒業。私立倉敷翠松高校(在学当時は女子高)中退。
小学生の頃は、そろばん、習字、バトントワリングなどの習い事をしていた。小学校から高校1年まで陸上の短距離選手で、岡山県大会にも出場した。中学時代は陸上部に所属。
中学生頃にR&Bのローリン・ヒルの他、ロックの忌野清志郎やジミ・ヘンドリックスなどの曲を聞いて音楽に夢中になった。高校1年生の頃に週3日のバイトを始め、母から大学を出て安定した仕事に就くよう言われていたが、学校にはよく遅刻していた。
R&B歌手に憧れて歌を学ぶため母にアメリカに短期留学したいと告げると反対されたため、態度で示そうとバイトを週6日に増やし、学校にも遅刻せずに通うようになった。約3か月後、母からアメリカへの短期留学の許可が下りて30万円を渡され、高校1年生の時に渡米して3か月間滞在。これを含めて高校時代に計4回ニューヨークに短期留学し、滞在中は語学力不足やアメリカの食事に苦労しながらも、教会に通ってゴスペルを習った。
R&Bやソウルミュージック系歌手を目指して18歳で上京し、バイトしながらヴォーカルオーディションに毎週のように応募するも、書類審査で不合格となる日々が続いた。19歳の時、その様子を見ていたバイト先のオーナーが知り合いのイエローキャブの社長・野田義治に連絡を取ってくれたという。イエローキャブがグラビアアイドルの事務所と聞いて一瞬迷ったが、「19歳で歌手デビューするには遅いかも。チャンスがあるならグラビアでも」と思い直した。面談すると、野田から即採用されて「来週からサイパンに行ってもらうから」と告げられ、グラビアアイドルとしてデビューすることになった。芸名は最初の写真集を撮る際、連れていかれた現場での野田義治の「お前は今日からMEGUMIだ!」の一言で決定。現芸名は本人の意志ではなかった。全てローマ字表記の芸名は本人がデビューした当時『LOVE 2000』が大ヒットするなど人気だった歌手のhitomiの名を真似たと野田に言われたことがあるという。40代になった時、この先も芸能界に居たとして60歳か70歳になってもこの芸名というのはどうなのか、といった疑問を呈していたことがある。
グラビアを始めてからしばらくは、本人曰く「自分の写真は表情が硬く、いつも顔がむくんでいるように見えた」という。グラビアタレントとして埋もれないために、他の女性タレントの写真集を買い漁って表情やポージングを研究した。意図せず始めたグラビアだが、撮影スタッフなどとロケに行って作品を作り上げる魅力を感じるようになり、好きな仕事になった。ほどなくして写真集を10冊以上を出すほどの人気グラドルとなった。
新人時代、バラエティ番組『明石家マンション物語』(フジテレビ系列)に水着を着て立っているだけの出演をした際、トーク中の明石家さんまから突然「おね~ちゃん、胸大きいな~」と話を振られた。予想外のことでとっさに「うるせ~な」と言ってしまい、内心「やばい、さんまさんに失礼なこと言ってしまった。終わった」と思ったが、さんまから手を叩いて「なんやお前!?(笑)」と面白がられた。新人女性タレントらしからぬこの返しが功を奏し、これを機にバラエティ番組の出演依頼が増えた。
「甲高いアイドル声と可愛さを前面に出す」というアイドル路線が一般的であった当時において、グラビア活動主体の新人タレントとしては、体型以外で飛び抜けたセールスポイントはなかった。しかしながら、よく通る声と、「おっさんトーク」とまで揶揄された核心に触れるトークで人気を博した。また、2003年から2004年4月頃まで関根勤率いる「関根勤とパロディー集団」として『エンタの神様』(日本テレビ系列)にVTR出演。
2004年に所属事務所をイエローキャブからサンズエンタテインメントへ移籍。その後は女優業にも進出。
イエローキャブ分裂時には事務所残留を希望したとされるが、野田義治の知人の紹介で入社した関係上、野田に付いて行かざるを得なかったとされている。
2023年に出版した美容エッセイ「キレイはこれでつくれます」(ダイヤモンド社)が、幅広い層から支持され、累計発行部数が60万部を突破するベストセラーとなった。また、2024年5月29日には、自身プロデュースのスキンケアブランド「オレリー」の商品が発売された。
2003年から2004年の約1年間、歌手として活動した。
2003年7月16日、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」をダンスホールレゲエ調にアレンジし、日本のレゲエラッパーCORN HEADをフィーチャリングしたマキシシングルと、同曲を含む5曲入りのミニアルバム『MY NAME IS MEGUMI』を同時リリースし、念願の歌手デビュー。しかし、オリコン週間チャートにおいては、最高位130位という結果に終わった。
その後も、今度はCORN HEAD側からのオファーでフィーチャリングという形で参加したCORN HEAD名義のシングルでありラッツ&スター「め組のひと」のカバー曲である「め組のひと feat.MEGUMI」、Yellow Girls名義でリリースした「六甲おろし」のカバー「六甲おろし〜Yellow Girls Version〜」の他、2004年までにシングルを3枚、ケツメイシのRyojiやSILVA、"DOUBLE BLADES"名義のNao'ymtやshungo.、YANAGIMANといった第一線で活躍するアーティストや音楽プロデューサー、コンポーザー、リリシストがこぞって参加したフルアルバム『LOVE ALL PLAY』を相次いでリリース、歌手活動を継続したが、ヒット曲には恵まれず、オリコンチャート上位などには無縁であった。
グラビアやテレビタレントとして順風満帆だった2008年に結婚し、2009年に長男を出産。以後ママタレ枠の仕事が増えたが、「自宅の冷蔵庫の中身を見せて下さい」のような仕事ばかりで、自分がやりたい仕事とのギャップが大きかった。徐々に違和感を感じるようになり、ある時ママタレ枠の仕事を断ったのを境に、気づけばバラエティ番組出演のオファーがほとんど来なくなっていたという。
これによりバラエティタレントとしての仕事復帰がなかなかできない状況が続いたある日、白石和彌監督の映画『孤狼の血』(2018年)への出演を依頼された。出演シーンは数分という短いものだったが、主役の役所広司演じる刑事と「取調室で背徳行為におよぶ人妻」という体当たりの役だったことから出演を決めた。役柄の女性の話し方、生活感などを細かく想像しながら現場に向かい、命がけで撮影に臨むと白石から演技を認められ、これが白石作品『ひとよ』への出演に繋がった。同作と『台風家族』での演技が評価され、第62回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞するなど、俳優として大きく成長した。
2012年に「CALMA.」ブランドで子ども服のセレクトショップを展開。これは上手くいかなかったが、2016年には石川県・金沢でパンケーキカフェ「Cafeたもん」をオープン。2023年現在も経営している。
2019年頃からのコロナ禍により映画界では撮影を中断する作品もあり、多くの俳優が休業状態となった。これにより本人は「仕事を待つより自分で作品を作ろう」との考えから、上田誠に脚本・演出を、大東駿介に出演を依頼してドラマ『CLUMSY JOURNEY(クラムジー ジャーニー)』をプロデュースすることになった。
以後、映像プロデューサーとして映画・テレビドラマ制作にも積極的に取り組んでいる。特に短編映画「LAYERS」(2022年、内山拓也監督)の制作において自身は出演せずプロデュース業に専念し、作品はショートショートフィルムフェスティバル&アジア2022にノミネートされた。
2023年に単身でスペイン・バルセロナへ旅行した際には「スペインで日本人女性が主人公の映画を撮りたい」という願望が湧き、帰国後実現に向けて動き出した。その一環として、まず『アナザースカイ』(日本テレビ)でのバルセロナ訪問の企画を自らテレビ局に持ち込んで実現させ、2024年に当地を再訪して映像関係者と交流する姿が放映された。
2025年には、ヤンキーをキャスティングした恋愛リアリティ番組『ラヴ上等』(Netflix)の企画・プロデュースを手がけた。2023年、『ヤギと大悟』(テレビ東京)で千鳥の大悟とロケをしていた際にヤンキートークで盛り上がり、自身も元ヤンキーであることから懐かしさを覚えたという。そこで、「感情の表現や伝え方、日頃のコミュニケーションが複雑化する現代、(ヤンキーのような)ド直球なキャラクターが必要」と思い立ち、プロデュースに至った。本作は、配信開始直後から、Netflixの週間ランキングにて日本1位、世界8位(非英語シリーズ)を獲得し、韓国、香港、台湾、シンガポールでもトップ10入りを果たすなど、日本のみならず海外でも高い評価を得た。
2026年2月、企画・プロデュースを行った『ラヴ上等』が評価され、Netflixとの間で複数年に渡るアンスクリプテッド作品の独占契約を締結した。
2008年7月7日にDragon Ashのボーカル降谷建志と結婚。所属事務所を通じてマスコミ向けに発信されたFAXにて「赤ちゃんを授かったので、本日入籍しました」と発表した。妊娠のため舞台『悪い冗談のよし子』を急遽降板した(代役は山田まりや)。2009年2月6日に第1子男児を出産。長男の降谷凪は、2020年1月公開の映画『ラストレター』で俳優デビュー。2023年12月30日に降谷との離婚成立をInstagramで発表した。
2019年、映画『台風家族』と『ひとよ』の演技が評価され、第62回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞する。
2024年、第35回日本ジュエリーベストドレッサー賞 40代部門を受賞する。10月、第20回クラリーノ美脚大賞2024 オーバー40ty部門を受賞する。11月、anan AWARD 2024 エンパワメント部門とFRAGRANCE Person of the Year、第53回ベストドレッサー賞 芸能部門を受賞する。
また、2023年、2024年連続でオリコン本ランキング タレント本1位を獲得する。
プロデュースした映画『FUJIKO』が、イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭で、ゴールデン・マルベリー賞(最高賞)とブラック・ドラゴン賞(特別観客賞)を受賞。