SRAAM

SRAAM/テールドッグ
イギリス空軍博物館コスフォード館にあるSRAAMのモックアップ
種類 短距離空対空ミサイル
原開発国 イギリスの旗 イギリス
運用史
配備先 実験プログラムのみ
開発史
製造業者 ホーカー・シドレー
諸元
重量 ca. 70 kg (150 lb)
全長 2.75 m (9 ft 0 in)
直径 165 mm (6.5 in)

翼幅 ca. 320 mm (13 in)
誘導方式 赤外線
操舵方式 推力偏向
発射
プラットフォーム
航空機
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SRAAM(Short Range Air-to-Air Missile:短距離空対空ミサイル、NATOコードネーム:AAP-15)は、当初はテールドッグとして知られていた、ホーカー・シドレー・ダイナミクス社が1968年から1980年にかけて開発した、実験的なイギリス製の赤外線誘導(熱追尾)空対空ミサイルである。本ミサイルは、近距離での空中戦において高い機動性を発揮するよう設計されていた。SRAAMの特筆すべき点は、一般的な発射レールではなく発射チューブから発射される構造を採用していたことであり、これにより1つの懸架ポイントに2発のミサイルを搭載することが可能となっていた。

当初はAIM-9 サイドワインダーの後継として開発されたが、1974年に技術実証プログラムへと格下げされた。1974年から1977年にかけて、数発のSRAAMミサイルが試験発射された。1980年には、SRAAM計画から得られた知見がASRAAMミサイル計画に活用された。

来歴

背景

初期の赤外線誘導ミサイルには、戦闘状況での使用を困難にする2つの制約があった。一つ目の問題は、シーカーの感度が比較的低く、標的を確実に追跡するには、大きくて高温の光源が必要だった。つまり、実戦においては、ミサイルを発射してから命中するまでの間、敵機のエンジンがミサイルから見えている状態を維持しなければならなかった。もう一つの問題は、シーカーの視野が限られていたことで、ミサイルの正面に目標物がある場合にのみ目標物を視認できたということである。これは、標的がミサイルに対して直角に飛行することで、シーカーに対する角速度を最大化し、逃走することが可能であることを意味していた。

こうした限界はベトナム戦争中に浮き彫りとなった。当時使用されていたAIM-4 ファルコンやAIM-9 サイドワインダーといった初期のミサイルは、命中率がそれぞれ約9%、約14%にとどまっていた。その主な要因は、当時のパイロットたちが、レーダーや地上からの迎撃管制を用いて敵機に接近するよう訓練されていたことにあった。この戦術では、敵機はパイロットの前方には位置するものの、必ずしも自機と同じ方向に飛行しているとは限らなかった。このような状況では、シーカーは目標のエンジンを視認し、ロックオンを示す唸り音信号を送信するかもしれないが、ミサイルがマウントレールから飛び出す間に目標が視野から外れてしまうため、発射時に追跡に失敗する可能性がある。

こうした惨憺たる結果を受け、アメリカ海軍(USN)、そして後にアメリカ空軍(USAF)は、発射前の機動に重点を置いた新たな訓練カリキュラムを導入した。これにより、発射機は目標の後方に位置し、かつ目標とほぼ同じ方向に飛行するようになった。こうすることで、ミサイル発射後も標的がミサイルから視認できる可能性を最大限に高めることができる。残念ながら、そのような機動は時間がかかる上に、実行することが難しい場合もあり、戦闘では標的が戦闘機の目の前を横切る瞬間的な状況が多々あった。こうした状況で何らかの対応能力を確保するため、機関砲を搭載していなかった戦闘機には、急遽機関砲が追加された。

テールドッグ

この問題を考慮し、ホーカー・シドレー・ダイナミクス社(ホーカー社のミサイル部門)の設計者たちは、パイロットがミサイルの要求に合わせて行動するのではなく、ミサイルがパイロットの意図通りに機能する方が望ましいと判断した。彼らは、ミサイルがロックオンを示したあらゆる状況で確実に追跡できるミサイルの設計に着手した。そのためには、非常に広い視野、つまりオフボアサイト機能を備えている必要があり、標的が高速で横切っていても、それを捉え続けることができるようにする必要がある。また、このような状況下で航空機を正確に追跡するためには、極めて高い機動性も必要となる。

同社は1968年、テイルドッグという名称で、民間企業としてそのような兵器の小規模な開発を開始した。その目的は、当時主流だったファイアストリークやレッドトップといったミサイルと機関砲との間のギャップを埋める、短距離で低コストのミサイルを開発することだった。ホーカー社はこれを「曲がり角の向こう側を撃てる機関砲」と表現した。初期設計では、全長2.0m、直径16.5cm、重量50kgという仕様であった。射程は250mから2kmの目標に対応可能であり、これは(最良の条件下で約12kmの射程を持つ)レッドトップと比較すると非常に短いものであった。1970年初頭にはモックアップの写真が初めて公開され、同年後半にはハノーファーで開催された見本市にも展示された。

テールドッグは、すべての飛行制御に推力偏向を用いることで、非常に高い操縦性を実現していた。推力偏向は、ロケットの排気流の中に小さなベーン(偏向板)を回転させて差し込むことで行われた。ミサイル後部には6枚のベーンが円周状に配置されており、通常時はロケットの排気流から保護される位置にあった。各ベーンは一端を支点として回転する構造になっており、もう一方の端を排気流の中へと動かすことができた。制御システムは、進路変更に必要な方向に最も近いベーンを作動させる仕組みであった。外部の空力面はミサイルの後部付近に痕跡的な表面を残すのみで、可動式ではなかった。

この基本構想を打ち出したのはホーカー社だけではなかった。ほぼ同時期に、USNとUSAFも同様の理由で同様のプログラムを開始し、最終的にAIM-95 アジャイル計画で両者の取り組みを統合した。テールドッグとAIM-95の主な違いは航続距離であった。テールドッグは短距離空中戦用の兵器として開発された一方、AIM-95はAIM-9の後継機として、少なくともAIM-9と同等の射程距離を要求され、より大型の設計となった。

SRAAM

1970年、イギリス国防省は、より優れた短距離ミサイルが必要であるとの結論に達し、提案要求書 AST 1218を作成した。このAST 1218には、F-4 ファントムIIやBAC ライトニングが備えているような、レーダーを用いた目標捕捉システムを持たない航空機であっても、そのミサイルを搭載できることという要件も盛り込まれていた。

テールドッグは、AST 1218(契約締結時にはASR 1222へと改称)に対するホーカー・シドレー社の回答として登場した。同社の提案は好意的に受け止められ、1972年に国防省は開発契約を締結した(空軍参謀本部要求事項1222)。開発にあたっては、先進的なSRAAM-100と、基本仕様であるSRAAM-75という2つの仕様が検討された。両機とも同じ機体構造を使用していたが、搭載されている電子機器が異なっていた。SRAAMはテールドッグよりもわずかに長く、全長は2.75m(9ft)であった。直径は変わっていない。推力偏向システムは可動式ドーム・ディフレクターへと変更された。これは排気流の中に円錐形の偏向板を配置し、それを横方向に動かすことで推力の向きを変える仕組みである。また、フィンは後部に移され、形状も改められた。

SRAAMはミサイルを保護するために発射筒に収納されるように設計された。ミサイルのフィンにはヒンジが設けられており、発射後に展開する仕組みであった。発射装置は2本の発射筒とオプションのレーダー誘導システムで構成されており、ほとんどあらゆる航空機にわずかな改造でミサイルを搭載することが可能だった。このミサイルは、例えば航空機のレーダーから標的情報を受け取る必要があったファイアストリークとは異なり、標的がシーカーの視界に入ると自動的に発射される。

1974年、防衛予算削減に伴いスカイフラッシュの開発が優先されたことで本計画の契約は打ち切られたが、技術実証プログラムとして継続された。1977年には、地上およびホーカー・ハンター F.6(イギリス空軍シリアル番号XG210)から8発の試験ミサイルが発射された。試験は成功したが、ミサイルが発射直後にハンター戦闘機の飛行経路に入り込み、あわや衝突しそうになったことがり、期せずしてミサイルの機動性の高さを証明することになった。同年、英国防省は次期短距離ミサイルとしてAIM-9Lの採用を決定したが、将来のミサイル設計の基盤とするため、SRAAM計画は継続された。

1980年、SRAAMの研究がASRAAMの出発点となった。

現存する遺物としては、イギリス空軍博物館コスフォード館にあるミサイルのモックアップや、ブリストル・エアロ・コレクションにある発射装置などが挙げられる。

関連項目

脚注

注記

  1. ↑ "Missiles 1969", Flight, 14 November 1968, pg. 797
  2. ↑ "Diamond Jubilee Salon", Flight, 5 June 1969, pg. 935]
  3. 1 2 3 4 Gibson 2007, p. 48
  4. ↑ “Taildog Makes Its Bow”. Flight International: 650, 704. (23 April 1970).
  5. ↑ “Britain's Aircraft Industry 1970”. Flight International: 366. (3 September 1970).
  6. 1 2 3 Gibson 2007, p. 49
  7. ↑ Gibson 2007, p. 51
  8. ↑ Gibson 2007, p. 34
  9. 1 2 Gunston 1979, p. 221
  10. ↑ "Asraam - Europe's new dogfight missile", Flight, 6 June 1981, pg. 1742]
  11. 1 2 Gibson 2007, p. 50
  12. ↑ RAF Museum website

参考文献

外部リンク