Bio_100%(バイオひゃくパーセント)は、フリーウェア及びシェアウェアゲームの制作団体(1998年以前は同人ゲームサークル)である。主にPC-9800シリーズを対象とした作品を多く発表した。
1991年に同人ゲームサークルとしてフリーソフトウェア作者のalty、metys、羊男らが設立。交流、開発、発表すべてにネットワークを活用し、アスキーネットを中心として様々なゲームを発表した。 多くが無料で遊ぶことができるフリーウェアであったが、製作者が作りたいものを作り、ユーザーとはその楽しみを共有するといった立ち位置で、単に無料でユーザーにゲームを配布する無償奉仕集団ではない
単独ないし少人数で開発されることが多い当時のフリーウェアとしては珍しく、Bio_100%のゲームは、数名の人員が携わり分業で開発されるゲームが多かった。また、参加人数が約20人近くにも及んだため、開発されたゲームが多くの分野にわたるのも大きな特徴である。また、各人が「集まって」ゲームを制作すると言うことは基本的になかったようで、1992年夏に行なわれた座談会においては「そんなことをするとつまらないものしかできない」などと語られている。
ただし、ゲームに用いられるライブラリなどについては、複数のものが開発がされており、制作者間での共有がなされている。
1993年第2回フリーソフトウェア大賞特別賞を作者グループとして受賞。
同人ゲームサークル的活動が主であったが、1998年に法人格を取得し、有限会社バイオ百パーセント(Bio_100% Inc.)を設立。活動もさらに活発化するかに思われていたが、1999年のハードディスクのクラッシュ及びサーバ障害を機に活動を休止。参加者それぞれは各方面で活躍している。
2004年に『蘇るPC-9801伝説』で『Super Depth』等のソフトウェアをエミュレータで動作する形で収録。
2008年8月10日、に休止していた公式ウェブサイトを大幅に刷新。当時の参加者らのインタビューや、今までに作られたゲームのレビュー等が掲載された。また、同ウェブサイト内で『Super Depth』のBGMが吹奏楽にて、『Finalty』のBGMがオーケストラによって演奏されたアレンジ版が録音され、Bio_100%のほぼ全てのゲームのオリジナル音源と共に収録された4枚組みのCD-BOXとして発売する事を発表、2009年2月に810枚限定で配布された。CDに収録された全ての音源は同ウェブサイト上で視聴出来る。その後も、ネットランキングに対応したNyaHaX'93のAdobe Flash移植版を発表するなど、活動が続いている。
メンバーの代表格であるaltyは、過去にドワンゴの代表取締役副社長だった。その他にも数名のBio_100%のメンバーが在籍している。
前述の「有限会社バイオ百パーセント」はドワンゴの大株主であり、alty自身もドワンゴの株を約5%ほど保有する大株主である。
TURBシリーズなどのゲームキャラクターを担当したnano-Ray-speXは、ウィズに在籍したときにたまごっちの企画・開発・デザインを担当していた。
『戦国TURB』は、!j°U こと nano-Ray-spex(なのれー博士)、羊男(ひつじ博士)による、PC-9801向け戦国アクションゴチャキャラゲーム。
有限会社クネップ(qnep)を起業したなのれー博士と、NECホームエレクトロニクスゲーム部門(NECインターチャネルではない)に入社したひつじ博士が、ドリームキャスト向けソフトとして復活させている。
また、そのファンディスクとして同じくDC用に発売された『戦国TURBF.I.D(Fanfan I ▼me dunce-doublentendre)』では、Bio_100%としてPC-9821シリーズ向けにリリースした『爆突TURB』と同名のSTGも収録。他にもひつじ博士の『'moonlanding'』や『たたかえ!パクファモロワ』も収録されている。
ドリームキャスト初期に発売された『戦国TURB』は、その(なのれー特有の)麻薬的な世界観が話題となり、カルト的な確固たる人気を博した。雑誌『週刊ファミ通』には冷たくあしらわれたものの、雑誌『ドリマガ』では大人気だった。
2001年に起こった転送量増大による2ちゃんねる閉鎖危機の際、メンバーの一人が掲示板のプログラムを改良したという話がある。さらに、西村博之の著書『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』(扶桑社、ISBN 978-4-594-05388-8)でも、2001年の問題発生時はUNIX板のユーザーが解決してくれた事、そして、そのユーザーがニコニコ動画のスタッフである事が語られている。
また、上述の通りドワンゴは、Bio_100%と縁浅からぬ会社だが、2ちゃんねる管理人の西村博之とドワンゴからなる『ニワンゴ』の動画共有サービス「ニコニコ動画」について、2007年6月18日付、2007年12月17日付において、Bio_100%の恋塚(戀塚)が「ニコニコ動画の中の人」の1人として取材を受けている。
Bio_100%という名前の由来は「生命が持てるエネルギーを100%注ぎ込む」などという小難しいものではなく、そう見せかけつつむしろそのようなことを考える人間を困らせてやろうとmetysが「なんとなく」付けたとされる。
異説としては、ゲームセンター施設「新宿スポーツランド西口店」(現 クラブセガ新宿西口)に集う仲間を指して、当時のjunk.test内で「俺たちスポーツ仲間」と呼んだことから、スポーツ仲間が転じて肉体派を意味するBioの呼称につながったとのものもある[要出典]。しかし1992年夏のメンバー座談会においては、「スポーツ仲間」という案もあったがボツになったと語られているのみである。
しかし上記由来をひっくり返す真実が2008年8月10日にリニューアルされた公式サイトのINTRODUCTIONに掲載された。それによると、オレンジ果汁100%のような脈絡の無さと、Void氏のクールさ、技術トレンドを消費するアンチテーゼ的な意味をもたせつつ、ダサさを狙って付けられたとされる。