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| 開発元 | Steve Wozniak (lead designer) |
|---|---|
| 製造元 | Apple Computer, Inc. |
| 製品ファミリー | Apple II series |
| 発売日 | 1977年6月 |
| 標準価格 | US$1,298(2023年時点の$6,526と同等) |
| 販売終了日 | 1993年10月 |
| OS | Integer BASIC / Apple DOS |
| CPU |
MOS Technology 6502 @ 1.023 MHz |
| メモリ | 4KiB, 8KiB, 12KiB, 16KiB, 20KiB, 24KiB, 32KiB, 36KiB, 48KiB, or 64KiB |
| ストレージ |
Audio cassette, Disk II (5.25-inch, 140KB, Apple) |
| ディスプレイ | NTSC video out (built-in RCA connector) |
| グラフィック |
Lo-res: 40×48, 16-color Hi-res: 280×192, 6-color |
| サウンド |
1-bit speaker (built-in) 1-bit cassette input (built-in microphone jack) 1-bit cassette output (built-in headphone jack) |
| 入力機器 | Upper-case keyboard, 52 keys |
| コントローラ入力 | Paddles |
| 外部接続 | Parallel port card (Apple and third party); Serial port card (Apple and third party); SCSI |
| 前世代ハード | Apple I |
| 次世代ハード | Apple II Plus |


Apple II(アップル・ツー)は、Appleが1977年に発表したマイクロコンピューター(パーソナルコンピューター、ないしホームコンピューター)。Apple ][ と表記されることも。
コンピュータとしての設計はスティーブ・ウォズニアックがほぼ独力でおこなった。
筐体デザインは工業デザイナーのジェリー・マノック(Jerry Manock)によるもの。 後述
なお、
画像表示は仕様で説明したように3つのモードがある。
グラフィックモードは、ビデオメモリの1ビットが画面上の1ピクセルに対応する。基本的には1ピクセル=1ビットの情報量しか持たないが、ビデオメモリ1バイト中の7ビットをピクセルとして使用し、最上位ビットは色セットの指定に使われた。色指定は、最上位ビットと画面上の隣り合ったピクセルのオン・オフの組み合わせで行なう。隣り合ったビットを同時にオンにすると白、同時にOFFにすると黒となり、どちらかだけをオンにするとビットの位置に応じた特定の色が表示される。モノクロ表示にすると最上位ビットをオンにすることで描画が半ドットずれて擬似的に横の解像度を倍にすることが出来た。
また、ビデオメモリの実装アドレスは連続しておらず、1ラスタごとに先頭アドレスは二進数の桁上がりで切りの良いアドレスに配置され、飛び石状に配置されている。これは、CRTCの実装を容易なものとした際の副作用であるが、二進数で演算を行うCPUがビデオメモリ上の参照アドレスを演算する際にも(二進数で)切りの良い数字で桁合わせが可能となる(桁合わせの際に、数ステートの命令を省略できうる)というメリットを生じた。
なお、ビデオメモリが1バイトあたり7ピクセルとなっているのは、本体のマスタークロックである14MHzの分周に処理を合わせるためで、4色しか表示できない初期モデルでは、色指定用のビットは未使用ビットとなっていた。
| 色 | ビットパターン |
|---|---|
| 黒 | ○○○○○○○○ |
| 白 | ○○○●●○○○ |
| 色1 | ○○○●○○○○ |
| 色2 | ○○○○●○○○ |
| 色3 | ●○○●○○○○ |
| 色4 | ●○○○●○○○ |
●オン ○オフ
低解像度グラフィック、高解像度グラフィックにおいては、画面の下4行のみをテキストモードとして表示することもできた(その分、グラフィックの表示領域は狭くなる)。このモードを効果的に活用して一世を風靡したのが、『ミステリーハウス』を嚆矢とするグラフィックアドベンチャーゲームである。

本体後方にエッジ・コネクタを備えた8個のスロットが設けられており、そこに拡張カードを挿入することにより、様々な周辺機器と接続することができた。フロッピーディスク用やプリンタ用など、各種の拡張インタフェースカードがAppleから発売された。各スロットには専用のI/O空間とプログラム領域が割り当てられており、カードを挿すことでカード上に持っているデバイスドライバがアドオンされ、即使用可能となる作りになっていた。
8つある拡張スロットは0番と7番が特殊な仕様になっており、スロット0番は内蔵のROMエリアと切り替えができ、内蔵のインタプリタと切り替えて別の言語を使用したり、RAMに置き換えて64KBのメモリエリアを全てRAMにする場合に使用された。スロット7番はカラーリファレンスと同期信号が出力されており、標準のNTSCビデオ出力ではなくPALやRGBで映像信号を取り出す際に使用された。スロット1 - 6番は特別な仕様の違いはないが、本体起動時にオートスタートROMがスロット7から降順でFDDのコントローラカードを探しにいく仕様のため、最初のFDDコントローラカードは(7番をリザーブして)スロット6番に挿すのが半固定となっていた。また厳密な決まりではないが1番スロットはパラレルI/F、2番スロットはシリアルI/F、3番スロットはコンソール出力に使うのが暗黙のルールになっており、Apple IIeではメモリを増設してPR#3と入力することで80桁表示に切り替えることができた。
Apple IIに続いて他社から発売されたパーソナルコンピュータの一部には、このような拡張インタフェースを持たないものや、内部をユーザには公開していないものもあったが、Apple IIでは回路図が公開されていたため、ユーザが拡張インタフェースカードを自作することが可能で、様々な拡張インタフェースカードが作られた。サードパーティーからも多種のカードが販売された。中には本体のCPUをバイパスし、拡張カード上の他のCPU(Z80や6809、8088やMC68008)を動作させるものなどもあった。日本国内向けには、8088 が搭載された16-bitカードNew88CARD(64KByte RAM付き)が1982年に発売され、CP/M-86を含んで223,000円であった(MS-DOSを動作させることも可能)。他の機械装置と手軽に接続できるこの拡張性の高さと柔軟性が、 Apple IIにさらに多くのホビイストを惹きつけた。

以下は、Apple II J-plusのカタログに記載されているオプション群である。表記はカタログ記載に準じた。
ジョブズは、ヒューレット・パッカードの電卓のようなデザインの筐体にしたいと考えていた。洗練されたラインを高く評価していたからだという。 当初はロン・ウェインに筐体のデザインを依頼したが、その案を却下し、工業デザイナーのジェリー・マノックに依頼した。
Appleは、Apple IIをホームコンピュータとして宣伝し、米国でホームコンピュータというジャンルが受け入れられるきっかけのひとつになった。
VisiCalc(ビジカルク)(1979年10月発売)は、スミソニアン博物館の解説によると"最初のコンピュータ用スプレッドシート"(表計算ソフト)であり、非常に人気を博し、Apple IIのキラーアプリケーションとなり、その販売台数を伸ばす推進力となった ハード的にはApple II用FDDのディスクIIが早い段階(1978年7月発売)で格安に提供されたことも販売成功の要因となった。Visicalcもディスクメディアベースで発売された。
多数のアプリケーションソフトウェアが開発され、スモールビジネス、家庭、教育機関など、場所を選ばず使われた。
世界での販売台数は 1978年に7,600台、1979年に35,100台、1980年に78,100台、1981年には約18万、1982年に約30万台と毎年倍々に増加し、パーソナルコンピュータの普及に貢献すると共にAppleの礎を築いた。生産は1993年まで続き、総計500万台が生産された[要出典]。日本への輸出台数は1979年の1年間に約5,200台。1980年に東レが販売総代理店になってから、Apple II J-plusと合わせて1982年までに約2万台を販売した。
Apple II plus、Apple IIe、Apple IIc、Apple IIGSなどである。
Apple IIは多数の互換機(クローン)も出現したが、大半は知的財産権的に問題があり消滅した。しかし当時もクリーンルーム設計で問題を回避したLaser 128のような機種もあった。同機は日本の秋葉原でも見られた。
ワコーインターナショナルから発売された「MARVEL 2000」は、マイコン雑誌にカラーで広告が掲載されていた。
他、旧ソ連に於いても「アガート」という名の海賊版互換機が存在していた。

Apple IIe以降のApple IIのキーボードには、Appleマークが表示されたAppleキーという修飾キーがある。
また、Macintosh用のキーボードにはコマンドキーという修飾キーがある。このコマンドキーは、かつて「command」「cmd」のような文字表示はなく、Appleマークと四葉のクローバー似のコマンドマークが並んでいる珍しい表示になっていた(初代の Apple Macintosh Keyboard はAppleマークが無くコマンドマークのみ)。このようになった理由は、以下のようなものであった。
Macintoshの第2世代に位置づけられる「Macintosh SE」および「Macintosh II」では、キーボードがApple Desktop Bus (ADB) で接続できるよう仕様変更された。これに先立ち、Apple II GSにおけるキーボードの接続にもADBが採用されていたため、共通のキーボードが利用できるようになった。そこで、Apple II GS使用時にはAppleキー、Macintosh使用時にはコマンドキーとして両ユーザが判別できるよう、2つのマークが併記されることになったのである。
この当時、Macintoshではキーボードが本体に付属しておらず、別途16,000円ほどのApple Keyboardを購入する必要があったが、Macユーザの間ではApple II GSに付属するキーボードの評判が高く、中古のApple II GSキーボードを買い求める人が少なくなかった。中古市場においては、Apple II GS用キーボードが欠品する現象も発生した。後にMacintosh Classicが登場した際、専用のキーボードはApple Keyboard IIという廉価な製品に置き換えられたが、この時もキーボードにこだわりを持つユーザ層は、前モデルのApple KeyboardやApple II GS付属キーボードを探し歩くこととなった。なお、2つのマークを並べる表示は、2007年8月に販売開始されたApple Keyboardの以前は、Macintoshのキーボードにも伝統的に継続されていた。