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本社:コナミクリエイティブセンター銀座 | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 機関設計 | 監査等委員会設置会社 |
| 市場情報 | OTC Pink KNMCY |
| 略称 | コナミG |
| 本社所在地 |
〒104-0061 東京都中央区銀座一丁目11番1号 北緯35度40分28.6秒 東経139度46分10.5秒 / 北緯35.674611度 東経139.769583度座標: 北緯35度40分28.6秒 東経139度46分10.5秒 / 北緯35.674611度 東経139.769583度 |
| 設立 |
1973年(昭和48年)3月19日 (コナミ工業株式会社) 創業:1969年(昭和44年)3月21日 |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 法人番号 | 9010401070789 |
| 事業内容 | グループ全体の企業価値・株主価値の増大を図るための戦略的経営計画の立案・実行、事業子会社の業務遂行の管理 |
| 代表者 | |
| 資本金 |
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| 発行済株式総数 |
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| 売上高 |
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| 営業利益 |
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| 経常利益 |
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| 純利益 |
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| 純資産 |
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| 総資産 |
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| 従業員数 |
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| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | PwC Japan有限責任監査法人 |
| 主要株主 |
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| 主要子会社 |
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| 関係する人物 | 上月景正(創業者、取締役会長) |
| 外部リンク | https://www.konami.com/ja/ |
| 特記事項:連結経営指標は国際会計基準のため、売上高は売上高及び営業収入、経常利益は税引前利益、純利益は当期利益、純資産は親会社の所有者に帰属する持分合計、総資産は資産合計。 | |
コナミグループ株式会社(英: KONAMI GROUP CORPORATION)は、株式会社コナミデジタルエンタテインメントなどを傘下に持つ持株会社。エンタテインメントの分野で世界的に事業を展開するグローバル企業である。
中核となる事業は、家庭用ゲーム、モバイルゲーム、カードゲームをはじめとするデジタルエンタテインメント事業となり、代表作は『プロ野球スピリッツ』『パワフルプロ野球』『eFootball(旧・ウイニングイレブン)』『遊戯王オフィシャルカードゲーム』『メタルギア』『サイレントヒル』など多岐にわたる。
そのほか、音楽ゲームというジャンルを確立した『BEMANI』シリーズなどを展開するアーケードゲーム事業、北米・豪州を中心にカジノ機器やカジノマネジメントシステムを手掛けるゲーミング&システム事業、日本最大級のフィットネスクラブ『コナミスポーツクラブ』を運営するスポーツ事業を併せ持つ。近年では、自社IPのアニメ化やCG制作を内製する『コナミアニメーション』の設立や、次世代研究開発拠点『コナミクリエイティブフロント東京ベイ』の開業など、コンテンツ制作基盤の強化を積極的に進めている。
東京証券取引所プライム市場、ロンドン証券取引所に上場。 日経平均株価およびJPX日経インデックス400の構成銘柄の一つである。
1969年3月21日に上月景正がジュークボックスのレンタル・修理を業務とするコナミ工業を創業。1973年3月19日にコナミ工業を法人組織に改組し、コナミ工業株式会社を設立した。 1976年7月に電子遊技機(ゲーム機)の製造を開始し、メダルゲーム機『ピカデリーサーカス』を開発した。 1978年1月にマイクロコンピュータを応用したビデオゲーム機の製造を開始。1981年発売の『スクランブル』や『フロッガー』など、ヒット作を次々と生み出し、アミューズメント業界で確固たる地位を築いた。
1980年代に入ると、家庭用ゲーム市場の勃興と共に事業を拡大。アーケードで培った開発力を活かした質の高いコンテンツを継続的に供給し、家庭用ゲームを同社の中核事業へと成長させた。この成長を背景に、企業としての社会的な信頼性を高めるべく、アミューズメント業界で初となる株式上場を進め、1984年10月に大阪証券取引所第二部、1988年2月には東京証券取引所第二部に上場。同年8月には東証一部・大証一部への指定替えを果たした。1991年6月には商号をコナミ株式会社に変更している。
1990年代後半から2000年代にかけては、事業の多角化とグローバル展開を加速させた。1997年にゲーミング(カジノ)事業のライセンスを取得して同市場に参入。2001年には株式会社ピープル(現・コナミスポーツ株式会社)を子会社化し、フィットネスクラブ運営を中心とするスポーツ事業へ本格的に進出した。国際的な資金調達とブランド価値向上を目指し、1999年9月にロンドン証券取引所、2002年9月にはニューヨーク証券取引所にも上場。この多角化した事業ポートフォリオを効率的に管理するため、2006年3月に純粋持株会社体制へ移行し、コナミ株式会社(現・コナミグループ株式会社)がグループ全体の経営戦略を担い、各事業を事業会社が執行する体制を構築した。
2010年代以降は、市場環境の変化に対応し、ビジネスモデルの転換を推進。2015年には持株会社体制への移行から10年経過したことを踏まえ、より実態に即した商号とするため、商号をコナミ株式会社からコナミホールディングス株式会社へ変更。デジタルエンタテインメント事業では、従来の家庭用パッケージソフトに加え、モバイルゲームやオンラインゲームへ経営資源を集中させた。「eFootball」や「プロ野球スピリッツA」などが収益の柱として大きく成長し、eスポーツ分野への投資も積極的に行っている。
2022年4月に東京証券取引所の市場区分の見直しにより、東証第一部からプライム市場に移行。同年7月1日、グループ全体の一体経営をより鮮明にするため、商号をコナミホールディングス株式会社からコナミグループ株式会社へ変更した。
2020年代以降、保有する豊富な知的財産(IP)を最大限に活用し、ゲームコンテンツに留まらないメディアミックス展開や、グローバル市場でのシェア拡大を経営の重点戦略として掲げている。その一環としてコナミアニメーションを設立し、自社IPのアニメ化やCG制作の内製化を開始した。また、事業拡大に伴う開発力強化と人材確保を目的として、次世代研究開発拠点のコナミクリエイティブフロント東京ベイを開業した。人工知能(AI)、第5世代移動通信システム(5G)/第6世代移動通信システム(6G)、クラウドコンピューティング、Web3などの新技術への対応も見据え、「『価値ある時間』をともに」をパーパスとして掲げ、事業の成長と持続可能な社会への貢献、企業価値の向上に努めている。
1981年3月にKONAMIのロゴマーク(青のロゴタイプ)を制定。1986年8月のCI導入時に、オレンジとレッドの曲線の帯を斜めに並べたシンボルマークとグレーのロゴタイプを組み合わせたものに変更された。このシンボルマークは若さ・知性・感性・創造・テクノロジーおよび人と企業の躍動を象徴したものとしている。
創立30周年の2003年にロゴデザインを一新し、赤を基調にしたロゴタイプとなった。 この赤は「コナミレッド」と命名され、安定性を持ちつつ独創性・革新性を強くアピールする色として、コナミグループのコーポレートカラーとなっている。また、用途によって「コナミレッド背景に白色のロゴ」「白色背景にコナミレッドのロゴ」を使い分けている。
コナミは、著作権・特許権・商標権などの知的財産の取得・活用を経営戦略の重要な柱の一つとし、著作権・特許法違反に該当すると判断した事案に対しては厳しい姿勢で臨んでいる。
2008年には、経済産業省から特許戦略優良企業として知財功労賞を受賞し、2009年の知財功労賞表彰式のシンポジウムでは、コナミによる基調講演が行われた。
2011年には、イノベーションに積極的で知的財産権保護の遵守に努め、かつ世界に影響を及ぼす発明をもたらした企業として、「トムソン・ロイター 2011 Top100 グローバル・イノベーター・アワード」も受賞している。
2023年の他社特許への拒絶理由として引用された特許件数を企業別に集計した「ゲーム・エンターテインメント業界 他社牽制力ランキング2023」では、最も引用された企業として1位にランキングされた。
コナミの著作物に付随する権利は基本的に法務部により自主管理されており、一部の音楽ソフトを除いてJASRACなどの管理団体には委託していない。
1999年には野球ゲームでプロ野球選手・球団名の実名を使用する権利を日本野球機構との契約により独占し、他社の野球ゲーム発売に際し、コナミを介してのサブライセンス供与を渋ったとして後に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)への違反で公正取引委員会から警告を受けている(DRAMATIC BASEBALLを参照)。
1999年頃から2000年にかけて他社の製品やサービス、雑誌名等の商標登録を出願する動きがあった。コナミが他社に商標使用料を請求することはなかったが、関係者やユーザーから批判が起こり、一部のユーザーが不買運動を行ったり、特許庁に商標登録しないように働きかけた。最終的にそれらの商標は登録されない結果になっている。
この節の加筆が望まれています。 |
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