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豊洲IHIビル | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | |
| 略称 | IHI、石播 |
| 本社所在地 |
〒135-8710 東京都江東区豊洲三丁目1番1号 豊洲IHIビル |
| 設立 |
1889年(明治22年)1月17日 (有限責任石川島造船所) |
| 業種 | 機械 |
| 法人番号 | 4010601031604 |
| 事業内容 | 建設機械・航空エンジン・プラント |
| 代表者 |
代表取締役社長兼CEO 井手博 代表取締役副社長兼副社長執行役員 盛田英夫 代表取締役副社長兼副社長執行役員 小林淳 代表取締役副社長兼副社長執行役員 佐藤篤 |
| 資本金 | 1,071億6,500万円 |
| 発行済株式総数 | 10億8,275万9,678株 |
| 売上高 |
連結:1兆6,434億200万円 単独:7,425億100万円 (2026年3月期) |
| 営業利益 |
連結:1,655億1,400万円 (2026年3月期) |
| 純利益 |
連結:1,652億4,100万円 (2026年3月期) |
| 総資産 |
連結:2兆4,285億4,900万円 (2026年3月期) |
| 従業員数 |
連結:26,224名 単独:7,911名 (2026年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 |
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)16.06% 日本カストディ銀行(信託口)6.08% JPモルガン証券4.39% 第一生命保険 1.80% みずほ信託銀行(退職給付信託みずほ銀行口 再信託受託者 日本カストディ銀行)1.42% (2025年3月31日現在) |
| 関係する人物 |
平野富二 土光敏夫 稲葉興作 永野治 碓井優 真藤恒 |
| 外部リンク | https://www.ihi.co.jp/ |
株式会社IHI(アイ・エイチ・アイ、英: IHI Corporation)は、東京都江東区豊洲に本社を置く、重工業を主体とする日本の大手製造会社。旧商号は石川島播磨重工業株式会社(いしかわじまはりまじゅうこうぎょう、英: Ishikawajima-Harima Heavy Industries Co., Ltd.)。石川島重工業と播磨造船所の合併以来「IHI」を略称とし、2007年に社名をこの略称に変更した。
幕末以来160年を超える歴史があり、重機などの重工業において、日本を代表する企業の一つである。東京駅丸の内駅舎の鉄骨の建造(施工は大林組が担当し、1914年に開業)、永野治による日本初のターボ・ジェットエンジン開発(1945年)、日本国内最大の大型海水淡水化装置建設(1967年)、東京湾アクアライン工事用シールド掘進機納入(1997年)、明石海峡大橋では風洞試験用100分の1模型の製作に始まり、同橋梁の建設工事においてもケーソンやタワー(主塔)部材の製造を通して建設(1998年)に関わってきた。
同社のトップは政財界でも様々な活動を行っている。最近では伊藤源嗣が日本経済団体連合会(日本経団連)の評議員会副議長を務めていた(就任時は社長、2003年~2007年)。1980年代に中曽根康弘首相が進めた行政改革においては、その基本方針をまとめた第二次臨時行政調査会の会長を同社出身の土光敏夫が務め、その主要政策として実行された日本電信電話公社の民営化では真藤恒が同公社の最後の総裁、及び日本電信電話(NTT)の初代社長としてその移行を実現させた。また、稲葉興作は1993年から2001年に日本商工会議所の会頭であった。
元来独立系の企業だが、土光敏夫が三井グループの東京芝浦電気(現・東芝)の再建に関わって以来、東芝と密接な関係にあり、三井グループを構成する二木会(社長会)・三井業際研究所(二木会直轄のシンクタンク)・綱町三井倶楽部(三井系の会員制クラブ)及び月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)に加盟している。一方、旧石川島重工業と旧・第一銀行とのつながりから、メインバンクはみずほ銀行であり、IHIは第一勧銀グループにも属している。
2012年10月からコーポレートメッセージを「Realize your dreams(世界中の人々の夢や目標を実現していく)」としている。
主力工場は次の通り。
詳細は、同社ウェブサイト製品案内を参照。
航空の分野において、IHIはジェットエンジン製造を専業とし、日本国内初のターボ・ジェットエンジン「ネ20」は同社の製品である。また、日本国内におけるジェットエンジンのシェアは60%を超え、トップである。
宇宙事業は100%子会社のIHIエアロスペースがその多くを担っている。
船舶・海洋事業については、2002年に分社化したアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(IHIMU)、2013年からはIHIMUがユニバーサル造船と合併したジャパン マリンユナイテッド(JMU)に移行した。
戦前の日本海軍からの受注は小型艦が主立っていたが(幕末および明治初期に数隻建造したのみで軍艦建造から離れたが、大正期になり駆逐艦建造で復帰)、当時先進的な上陸戦能力を備えていた日本陸軍の船舶部隊より、特殊船と称す大型揚陸艦(現代の強襲揚陸艦の嚆矢とされる船種)を受注しており主力船2隻を建造している。
戦後は輸出向けに建造されたことはないため、納入先は海上自衛隊のみである。
この節の加筆が望まれています。 |
国内事業者は全て株式会社である。2007年に行った会社名変更に合わせ、子会社も従来の「石川島~」から「IHI~」に名称を改めてきている。また本店住所、出資比率もあわせて記載する。
現在
過去