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2025年7月1日から使用されている企業ロゴ | |
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本社が入居する大手町ファーストスクエア | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 機関設計 | 監査等委員会設置会社 |
| 市場情報 | OTC Pink NTTYY |
| 本社所在地 |
〒100-8116 東京都千代田区大手町一丁目5番1号 (大手町ファーストスクエアイーストタワー) 北緯35度41分8.9秒 東経139度45分51.6秒 / 北緯35.685806度 東経139.764333度座標: 北緯35度41分8.9秒 東経139度45分51.6秒 / 北緯35.685806度 東経139.764333度 |
| 設立 |
1985年(昭和60年)4月1日 (日本電信電話株式会社) |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 法人番号 | 7010001065142 |
| 事業内容 | 持株会社および基盤的研究開発の推進 |
| 代表者 | |
| 資本金 |
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| 発行済株式総数 |
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| 売上高 |
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| 営業利益 |
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| 経常利益 |
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| 純利益 |
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| 純資産 |
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| 総資産 |
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| 従業員数 |
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| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | 有限責任あずさ監査法人 |
| 主要株主 |
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| 主要子会社 |
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| 関係する人物 | 澤田純(取締役会長、元社長) |
| 外部リンク |
group |
| 特記事項:連結経営指標は国際財務報告基準のため、売上高は営業収益、経常利益は税引前利益、純利益は当期利益、純資産は株主資本合計。 | |

NTT株式会社(エヌティティ、英: NTT, Inc.)は東京都千代田区大手町一丁目に本社を置く、日本の通信会社。同社を持株会社として電気通信事業をはじめとする企業集団「NTTグループ」を構成する。
日本電信電話公社(電電公社)の民営化および日本電信電話株式会社等に関する法律(昭和59年法律第85号、通称「NTT法」)に基づき、1985年4月1日に日本電信電話株式会社(にっぽんでんしんでんわ、英: NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION)の社名で発足した。また、NTTの発行株式の3分の1以上を政府が保有することのほか、役員の選任や業務内容がNTT法で定められる特殊法人(特殊会社)でもある。なお、子会社のNTT東日本・NTT西日本もまた、NTT法の適用事業者である。
かねてより「NTT」の通称で知られており、2025年7月1日には、通称を正式な社名に採用した。ただし、NTT法で定義される会社の法令上の名称としては、引き続き「日本電信電話株式会社」が用いられる。
日経平均株価およびTOPIX Core30、JPX日経インデックス400の構成銘柄の一つ。
現在のNTTはNTTグループの経営統括(本社)機能と、規模・技術的にも世界屈指のNTT研究所を擁する研究開発部門からなる。特に、NTTの研究開発部門はグループ企業の事業用技術開発だけに留まらず、通信分野の技術標準化や学術研究、オープンソースソフトウェアにも大きく貢献している。
NTTグループの主力事業は「総合ICT事業」「地域通信事業」「グローバル・ソリューション事業」に大別される。それらと比較して小規模ではあるものの不動産都市開発事業や、エネルギー事業なども、準主力となっている。発足当初は固定電話による収益に依存していたが、現在は、地域通信事業以外の移動体通信事業(携帯電話)、ICTソリューション、システムインテグレーション、スマートライフ事業(金融・コンテンツ・マーケティングソリューション)などが営業利益の8割を占めている。バブル景気にあった1987年から1991年まで、NTTは時価総額で世界最大の企業であった。2026年8月現在、売上高で日本第6位、株式時価総額で日本第19位の上場株式会社となっている。
国際電気通信連合のセクターメンバーである。
参照:
| 会社名 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 日本電信電話 | 真藤恒 | 1985年(昭和60年) | 1988年(昭和63年) | リクルート事件で逮捕・起訴され、NTT法違反(収賄罪)で有罪 |
| 山口開生 | 1988年(昭和63年) | 1990年(平成2年) | ||
| 児島仁 | 1990年(平成2年) | 1996年(平成8年) | ||
| 宮津純一郎 | 1996年(平成8年) | 2002年(平成14年) | ||
| 和田紀夫 | 2002年(平成14年) | 2007年(平成19年) | ||
| 三浦惺 | 2007年(平成19年) | 2012年(平成24年) | ||
| 鵜浦博夫 | 2012年(平成24年) | 2018年(平成30年) | 政府の異例の取締役再任拒否 総務審議官らを接待し、国家公務員による 国家公務員倫理法・倫理規程違反を誘発・助長した。 | |
| 澤田純 | 2018年(平成30年) | 2022年(令和4年) | 総務審議官らを接待し、国家公務員による 国家公務員倫理法・倫理規程違反を誘発・助長した。 | |
| 島田明 | 2022年(令和4年) | 現職 | 代表取締役副社長時に総務審議官らを接待し、国家公務員による 国家公務員倫理法・倫理規程違反を誘発・助長した。 役員報酬の減額処分を受けたが、約1年後には社長に昇格した。 | |
| NTT |
参照:
| 会計基準 | 決算期 | 営業収益 | 営業利益 | 税引前 当期純利益 |
当期純利益 |
|---|---|---|---|---|---|
| 米国会計基準 | 平成16年(2004年)3月 | 11,095,537 | 1,560,321 | 1,527,348 | 643,862 |
| 平成17年(2005年)3月 | 10,805,868 | 1,211,201 | 1,723,312 | 710,184 | |
| 平成18年(2006年)3月 | 10,741,136 | 1,190,700 | 1,305,863 | 498,685 | |
| 平成19年(2007年)3月 | 10,760,550 | 1,107,015 | 1,132,702 | 481,368 | |
| 平成20年(2008年)3月 | 10,680,891 | 1,304,609 | 1,322,291 | 635,156 | |
| 平成21年(2009年)3月 | 10,416,305 | 1,109,752 | 1,105,163 | 538,679 | |
| 平成22年(2010年)3月 | 10,181,376 | 1,117,693 | 1,120,071 | 492,266 | |
| 平成23年(2011年)3月 | 10,305,003 | 1,214,909 | 1,175,797 | 509,629 | |
| 平成24年(2012年)3月 | 10,507,362 | 1,222,966 | 1,239,330 | 467,701 | |
| 平成25年(2013年)3月 | 10,700,740 | 1,201,968 | 1,201,099 | 524,071 | |
| 平成26年(2014年)3月 | 10,925,174 | 1,213,653 | 1,294,195 | 585,473 | |
| 平成27年(2015年)3月 | 11,095,317 | 1,084,566 | 1,066,629 | 518,066 | |
| 平成28年(2016年)3月 | 11,540,997 | 1,348,149 | 1,329,259 | 737,738 | |
| 平成29年(2017年)3月 | 11,391,016 | 1,539,789 | 1,527,769 | 800,129 |
| 会計基準 | 決算期 | 営業収益 | 営業利益 | 税引前利益 | 当社に帰属する 当期利益 |
|---|---|---|---|---|---|
| 国際会計基準 | 平成30年(2018年)3月 | 11,799,587 | 1,642,843 | 1,755,624 | 909,695 |
| 平成31年(2019年)3月 | 11,879,842 | 1,693,833 | 1,671,861 | 854,561 | |
| 令和2年(2020年)3月 | 11,899,415 | 1,562,151 | 1,570,141 | 855,306 | |
| 令和3年(2021年)3月 | 11,943,966 | 1,671,391 | 1,652,575 | 916,181 | |
| 令和4年(2022年)3月 | 12,156,447 | 1,768,593 | 1,795,525 | 1,181,083 | |
| 令和5年(2023年)3月 | 13,136,194 | 1,828,986 | 1,817,679 | 1,213,116 | |
| 令和6年(2024年)3月 | 13,374,569 | 1,922,910 | 1,980,457 | 1,279,521 | |
| 令和7年(2025年)3月 | 13,704,727 | 1,649,571 | 1,564,696 | 1,000,016 | |
| 令和8年(2026年)3月 | 14,409,121 | 1,706,221 | 1,581,923 | 1,037,032 |
第2次オイルショックにより、1981年3月に鈴木内閣は、日本経済団体連合会(経団連)の名誉会長土光敏夫を会長とした、「増税なき財政再建」をスローガンとした第二次臨時行政調査会を発足させた。
第二次臨調の答申事項の一つとし、政府公社の民営化が含まれていた。この答申を受け、中曽根内閣の民活路線のもと、三公社民営化について論議された。
1984年7月17日、内閣にて「日本電信電話株式会社法案」、「電気通信事業法案」および「日本電信電話株式会社法及び電気通信事業法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案(整備法案)」(いわゆる「電電改革三法案」)が審議され、施行期日は翌年4月1日とされた。その後、数度の審議を経て同年12月20日、電電改革三法案が衆参両議院にて可決され、日本電信電話公社の民営化が決定された。
参照:
1985年4月1日、「日本電信電話株式会社法」施行により日本電信電話株式会社発足。発行済株式総数は1560万株、資本金7800億円(額面5万円)で、持株比率は大蔵大臣(当時)100%であった。
政府の所有株式が公開されることとなった。これに伴い、1987年2月9日には日本電信電話に対し証券コード9432が割り当てられる。これにより、東京証券取引所、大阪証券取引所、名古屋証券取引所第一部に上場した。
1987年2月9日には政府保有株式186万株が放出されたが、上場初日に買注文が多いため値付けができなかった。翌2月10日に政府はさらに10万株を放出することとし、160万円が初値となった。その2か月後の1987年4月22日には史上最高値の318万円まで株価が高騰した。その後、7月に株式市場全体の暴落により、同社の株式も225万円まで下落したあと、乱高下を繰り返し、同年秋には株価300万までに回復した。
この動向を見守っていた大蔵省(当時)は、1987年11月に政府は保有株式195万株の第2回売出を行い、このときは255万円の値がついた。さらに1988年10月、政府は保有株式150万株の第3回売出を行い、株価は190万円となった。
政府はこの計3回で540万株の保有株式を売出し、売却代金10兆2000億円が国庫に帰属することになった。NTTも株式需給の悪化の株価低迷に対する信頼性回復のため、1990年10月に自民党電気通信問題調査会政策小委員会に対し外国人の株式所有解禁や政府保有株式の買入による償却などを要望した。
また郵政省は電気通信審議会の答申を受け、「外国人の株式所有を議決権の20%未満まで解禁する」、「外国人の役員就任を禁じる」などを含む「日本電信電話株式会社法等の一部を改正する法律」を1992年5月に成立させ、1992年8月1日施行となった。
NTTは改正法による外資規制の緩和に基づき、1994年9月29日にはニューヨーク証券取引所、10月12日にはロンドン証券取引所に上場した。
1985年4月11日、NTT最初の子会社となるNTTリースが設立された。その背景には、電気通信事業法により電話機など通信端末の自由化が可能となったことから、NTTも通信機器の売切りを開始することが可能となり、販売商品方法として割賦販売やリース販売に対応する必要があったためである。
国営時代は電電公社法による制約が厳しく、「事業運営上、必要最小限の範囲」内での委託会社への出資しか認められていなかった。
NTTの民営化により、電気通信事業の自由化に伴う新規参入業者との競争に対抗できるように、組織のスリム化の推進を進めると共に、事業の多角化と事業領域の拡大を目指して新たな分野への参入を図る事とした。
NTTグループの企業は、「事業領域の拡大を目指した新規事業会社」、「従来より事業部として事業を分離した企業」、「同社が保有していた専門機能を集約・特化して分社化する企業」の3形態に分類される。
この戦略の一つとして、1988年5月23日に事業分離型企業としてNTTデータが設立された。
このような動向について、民営化後もその事業範囲の広大さと経済への影響力の大きさから、米国の圧力により国鉄分割(JR7社)のような地域分割論が噴出し政治問題化した。そのためNTTはそれを回避すべく、子会社を設立したとする見方もある。
「日本電信電話株式会社法」の附則で会社成立の日から5年以内に、同社設立後の諸事情の変化などを勘案して会社のあり方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとすることを定めていた。
1989年10月、電気通信審議会は「今後の通信産業の在り方に」に関する答申を提出した。答申では、現行の組織形態での改善にはおのずと限界がある、電気通信市場のさらなる競争、経営効率化などの観点から「組織の再編成が検討されるべきだ」と指摘し、具体案として3案が提示された。
この中間答申について、NTTは反対、公正取引委員会、日本経済団体連合会、電気通信産業連盟などが「時期尚早」という結論、郵政省や新電電各社は支持の姿勢を打ち出した。このような状況の下、1990年3月、電気通信審議会は最終答申として、「日本電信電話株式会社法附則第2条に基づき講ずるべき措置、方策等の在り方―公正有効競争の創出と技術革新―」を郵政大臣に提出した。その中でも再編について、「市内市外分離で市内全国1社」方式に絞り込み、実施時期を1995年度めどにするとした。また、移動体通信業務を同社から分離した上で完全民営化するとし、1年内に速やかに実施するよう提言するものであった。
郵政省は、電気通信審議会最終答申に提示された市内・市外分離案の実現に向け調整を図ったが、「答申後、株主の不安を招いて同社株の株価が低迷し、大蔵省も株主、国民の利益が保証されなければ分離分割を承服できない」と強く反発の意を表明した。最終的に自民党は、当面分割は実施しないこととして公正有効競争の促進などの措置の実施状況を踏まえた上で、必要と認められる場合には1995年度において再度検討を行い、結論を得るとの方針を決定した。
1995年4月、政府方針によって5年間後に再検討とされた経営形態に関する議論が、郵政大臣による電気通信審議会への諮問によって開始された。電気通信審議会は諮問を受けてNTTの在り方に関する特別部会を設け、検討を開始した。同年7月に行政改革委員会の規制緩和小委員会が40項目について規制緩和に関する論点を公開した。
1995年12月、規制緩和小委員会は「光り輝く国を目指して」と題した規制緩和最終報告をまとめ、情報通信分野に関しては構造改革の大きな柱として、電気通信事業の規制緩和とNTTのあり方をあげた。ただし、その最終判断は電気通信審議会へと委ねるとした。
1996年2月、電気通信審議会は「日本電信電話株式会社の在り方について―情報通信産業のダイナミズムの創出に向けて―」とする答申を提出し1998年をめどに、NTTを長距離通信会社と2社の地域通信会社に再編成するとの提言を公表した。
1996年3月、電気通信審議会の答申を受けた政府は、「NTTの経営形態に関するワーキングチーム」を設置して検討した。だが連立与党内にも、基本的には電気通信審議会答申を尊重すべきとする意見と、分離・分割に反対する意見との対立による意見調整が付かず、結論を次の通常国会まで先送りすることとした。
1996年12月6日、郵政省は純粋持株会社の下に長距離通信会社1社と地域通信会社2社に再編成するという内容としてまとめた「NTTの再編成についての方針」を発表した。「持株会社に関する関連法案」の改正や、「事業譲渡益課税の特例」などのこの発表と関連する事項についてあわせて検討が行われ、第140回通常国会に独占禁止法改正法案が提出され、1997年6月に「独占禁止法改正法」が成立した。この成立により、NTT再編成の前提条件である純粋持株会社の解禁が確定した。

1997年6月に「日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律」が成立し、日本電信電話の再編成が決定した。この改正法では、持株会社と地域会社2社は特殊会社、長距離会社は完全な民間会社とされた。
持株会社としてのNTTの目的は「地域会社が発行する株式の総数を保有し、地域会社による適切かつ安定的な電気通信役務の提供の確保と電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究を行う」とした。ただし、持株会社の取締役や監査役の選任・解任の決議は、郵政大臣の認可を必要とするとされた。
地域会社は「地域電気通信事業(同一都道府県の区域内における電気通信業務)を経営すること」を目的に、東日本電信電話(NTT東日本)および西日本電信電話(NTT西日本)のそれぞれの業務区域を定めた。地域会社は特殊法人として政府規制が残るが、役員の選任・解任、利益処分について郵政省の認可が不要とされた。
1999年1月、NTTは再編成後の組織づくりのため、「持株会社移行本部」、「東日本会社移行本部」、「西日本会社移行本部」、「長距離国際会社移行本部」の4移行本部に再編した。
1999年7月、地域会社としてNTT東日本およびNTT西日本、長距離会社としてNTTコミュニケーションズ(現・NTTドコモビジネス)が設立された。
NTTは、既に分社化されたNTTデータ(1988年設立)とNTTドコモ(1992年設立)などをグループ会社とする持株会社に移行した。
「日本電信電話株式会社等に関する法律」(NTT法)第3条により、「会社及び地域会社は、それぞれその事業を営むに当たつては、常に経営が適正かつ効率的に行われるように配意し、国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切、公平かつ安定的な提供の確保に寄与するとともに、今後の社会経済の進展に果たすべき電気通信の役割の重要性にかんがみ、電気通信技術に関する研究の推進及びその成果の普及を通じて我が国の電気通信の創意ある向上発展に寄与し、もつて公共の福祉の増進に資するよう努めなければならない」とされているが、具体的かつ個別・直接的な義務は負っていない。ただし、電気通信事業法第7条および同施行規則第14条・第40条により、NTT東日本とNTT西日本は基礎的電気通信役務(固定電話・公衆電話・緊急通報、いわゆるユニバーサルサービス)を離島を含めたすべての市町村を対象に提供する義務を負っている。NTT法第2条第4項により、県境を越える通信サービスを開始する場合は総務省の認可が必要であったが、2011年のNTT法改正により事前届出制に変更された。
現在も、基礎研究を手がける研究部門は分割されず持株会社内部に残っている。持株会社の事務部門は基本的に子会社からの出向という形であるが、研究職は持株会社が独自に採用している。なお、独自の研究セクションを設けた子会社もある。
再編成にあたって、NTT法による規制の有無と業態によりグループ会社を第1類 - 第4類に分類し、事業・サービスの整理・統合を進めている。なお、第1分類は規制会社でNTT東日本、NTT西日本が、第2分類は競争会社でNTTコミュニケーションズ(現・NTTドコモビジネス)、NTTデータ、NTTドコモ、第3分類は経営資源活用会社でNTTコムウェア(現・NTTドコモソリューションズ)、NTTファシリティーズなどが、第4分類は新事業開拓会社でNTTファイナンス、NTT都市開発などが該当する。
2018年の澤田社長就任以降、グループ体制の見直しに着手している(前項までの再編とは異なり、総務省が主導して行われたものではない)。
NTTグループのうち、以下の企業は災害対策基本法で指定公共機関の指定を受けており、災害発生時に通信を確保する義務を負っている。
ライバル企業のKDDI・ソフトバンク・楽天モバイルも、1社で上記サービスや携帯電話サービスを行っていることから同法に基づく指定を受けている。
参照:NTT R&D Website「所在地」
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旧逓信病院を引継ぎ運営を実施している。企業立病院であるが、NTTグループ関係者以外も利用が可能である。NTT東日本が運営する医療機関としては以下の3病院がある。なお、NTT西日本においては2021年をもって病院運営から撤退している。
| 病院名 | 旧称 | 所在地 | 備考 |
|---|---|---|---|
| NTT東日本関東病院 | 関東逓信病院 | 東京都品川区東五反田 | |
| NTT東日本札幌病院 | 札幌逓信病院 | 北海道札幌市中央区 | |
| NTT東日本伊豆病院 | 伊豆逓信病院 | 静岡県田方郡函南町 | 函南町はNTT西日本のエリア |
【ギャラリー】
| 現在又は廃院当時の病院名 | 旧称 | 所在地 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 東北医科薬科大学若林病院 | 東北逓信病院 (→ NTT東日本東北病院) |
宮城県仙台市 | 2016年4月1日、東北医科薬科大学に譲渡 |
| 朝日ながの病院 | 長野逓信病院 (→ NTT東日本長野病院) |
長野県長野市 | 2013年3月29日、社会福祉法人ハイネスライフに譲渡 |
| 重工大須病院 | 東海逓信病院 (→ NTT西日本東海病院) |
愛知県名古屋市 | 2021年9月30日、医療法人桂名会に譲渡後、「大須病院」に改称 2024年1月1日には、系列の重工記念病院と合併 |
| 恵寿金沢病院 | 金沢逓信病院 (→ NTT西日本金沢病院) |
石川県金沢市 | 2014年7月1日、社会医療法人財団董仙会に譲渡 |
| 大阪警察病院 | 大阪逓信病院 (→ NTT西日本大阪病院) |
大阪府大阪市 | 2019年4月1日、医療法人警和会に譲渡し、「第二大阪警察病院」に 2025年1月、大阪警察病院に統合 |
| 洛和会東寺南クリニック | 京都南逓信病院 (→ NTT西日本京都病院) |
京都府京都市 | 2016年1月31日、医療法人社団洛和会に譲渡し、「洛和会東寺南病院」に 2025年10月、現在の病院名に変更 |
| 松山まどんな病院 | 松山逓信病院 (→ NTT西日本松山病院) |
愛媛県松山市 | 2021年1月31日、社会医療法人真泉会に譲渡 |
| くまもと森都総合病院 | 九州逓信病院 (→ NTT西日本九州病院) |
熊本県熊本市 | 2011年7月1日、医療法人創起会に譲渡 |
| 長崎あじさい病院 | 長崎逓信病院 (→ NTT西日本長崎病院) |
長崎県長崎市 | 2014年4月1日、医療法人昭和会に譲渡後、「長崎あじさい病院」に改称 2022年4月1日、系列の昭和会病院に統合され廃院 |

シンボルロゴは「ダイナミックループ」と呼ばれる。NTT発足の際、グラフィックデザイナーの亀倉雄策がCIデザイン会社のパオスから発注を受けて制作担当、17世紀に数式化されたトロコイド曲線中の無限運動閉曲線を元にデザインされた。
NTTはインターネットドメイン名として、JPccTLDの運用初期から『ntt.jp』を有していた。
JPNICがセカンドレベルドメインを導入した際、NTTはドメイン名が広く認知されていることを理由に特別に『ntt.jp』の継続使用を許されていたが、のちにco.jpドメインへと移行(ntt.co.jp)した。同様に、NTTデータは『nttdata.jp』ドメインの継続使用を許されていたが、のちにco.jpドメインに移行(nttdata.co.jp)した。
高エネルギー物理学研究所(KEK、当時『kek.jp』を保持)にも同様の措置がなされたが、こちらはセカンドレベルドメイン導入後、汎用JPドメインが誕生するまでの間も『kek.jp』を使い続けていた。
ジェネリックトップレベルドメイン『.ntt』の管理主体となっており、NTTグループの一部のWebサイトで運用をしている。
CMのアイキャッチにおいてシンボルロゴの上にキャッチフレーズが添えられていた。ただし、NTTの純粋持株会社移行に際し、子会社ごとにスローガンが定められた。
1990年代(平成2年 - 平成11年)前半のパソコン通信の全盛期、キーボードの「N」「T」「T」に刻印されたカナ文字から、ニフティサーブなどのパソコン通信のコミュニティを中心に、隠語的に「みかか」とも呼ばれ、パソコン通信やインターネットのダイヤルアップ接続にかかる高額な電話料金は「みかか代」と表現することも多かった(詳細はみかかの項参照)。