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本社(2026年3月) | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 機関設計 | 監査等委員会設置会社 |
| 市場情報 | (1949年5月大阪証券取引所上場) |
| 本社所在地 |
〒541-8522 大阪府大阪市中央区久太郎町2丁目1番25号 |
| 設立 | 1935年(昭和10年、登記上)5月2日(株式会社早川金属工業研究所) |
| 業種 | 電気機器 |
| 法人番号 | 6120001005484 |
| 事業内容 | エレクトロニクス、電子部品 |
| 代表者 | |
| 資本金 |
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| 発行済株式総数 |
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| 売上高 |
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| 営業利益 |
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| 経常利益 |
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| 純利益 |
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| 純資産 |
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| 総資産 |
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| 従業員数 |
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| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | PwC Japan有限責任監査法人 |
| 主要株主 |
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| 関係する人物 | |
| 外部リンク |
corporate |
| 特記事項: | |
シャープ株式会社(英: Sharp Corporation)は、大阪市中央区 に本社を置く日本の総合電機メーカー。台湾の鴻海精密工業(フォックスコングループ)の子会社。日経平均株価の構成銘柄の一つ。


1912年、早川徳次が東京市本所区松井町(現・東京都江東区新大橋)に金属加工業を設立。 1915年には、金属製繰出鉛筆(早川式繰出鉛筆)を発明し、アメリカで爆発的にヒットした。現在の社名はこれに由来する。
その後、関東大震災により被災し、工場も家族も失った早川は大阪へ移り、 1924年に大阪府東成郡田辺町(現・大阪府大阪市阿倍野区)に早川金属工業研究所を設立。1925年には戦前の主力商品となる鉱石ラジオをシャープのブランド名で発売する。
戦後、1952年には国産第1号テレビ〈TV3-14T〉の量産に成功すると、 1962年には日本の家電企業で初めて家庭向け量産型の電子レンジ<R-10>を、1966年には国産初のターンテーブル方式の電子レンジ<R-600>を開発、販売するなど、家電メーカーとしての地位を確立させた。 その後、1970年にブランドとして使われていたシャープ株式会社に社名変更する。
2000年代後半にはシャープ亀山工場、シャープ堺工場と次々に大規模工場を建設し「世界の亀山」ブランドを展開したが、2008年のリーマン・ショックによる経営悪化や液晶事業の採算悪化により経営危機に陥り、2016年には台湾に本拠を置く鴻海精密工業に買収された。同年、長年本社であった大阪市阿倍野区の本社ビルを売却し、工場がある堺市堺区へ本社を移転した。また、債務超過により、東証1部より2部へ指定替えとなったが、翌年には1部に復帰している。
2026年3月16日に本社を大阪市中央区へ移転し、10年ぶりに本社が大阪市内に回帰した。
以下はシャープ公式サイト掲載の「経営理念/経営信条」 を主に参照している。 シャープ(株)を始め関係会社の朝礼で経営信条の唱和が行われていた。
| 氏名 | 在任期間 | |
|---|---|---|
| 初代 | 早川徳次 | 1912-1970 |
| 2 | 佐伯旭 | 1970-1986 |
| 3 | 辻晴雄 | 1986-1998 |
| 4 | 町田勝彦 | 1998-2007 |
| 5 | 片山幹雄 | 2007-2012 |
| 6 | 奥田隆司 | 2012-2013 |
| 7 | 高橋興三 | 2013-2016 |
| 8 | 戴正呉 | 2016-2020 |
| 9 | 野村勝明 | 2020-2022 |
| 10 | 呉柏勲 | 2022-2024 |
| 11 | 沖津雅浩 | 2024-2026 |
| 12 | 河村哲治 | 2026- |
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早川金属時代から製造された「シャープラジオ」は海外に輸出されるほどに爆発的な売り上げを記録したが、トランスなどの部品は自主生産ができても真空管だけは自主生産できる余裕はなかった。そこで東京電気(後の東京芝浦電機→東芝)から「マツダ真空管」や時計内蔵型シャープラジオの「時計装置」の供給を受けていた。 早川電機に社名変更後、テレビジョンの生産が軌道に乗り出したと同時に真空管の自主生産を開始したことから、東芝からの真空管類の供給を打ち切ると同時に総合エレクトロニクス会社としてお互いに競い合う関係になって行った。 それから半世紀以上経った2007年、東芝とシャープは「液晶および半導体分野における提携」に合意し、2010年度を目処にシャープは東芝から液晶テレビ用システムLSIを約50%、東芝はシャープから32型以上のテレビ用液晶モジュールを約40%購入することを目標に両社の提携を再び交わしている。
1990年前後は消費者より「松下さんのシャープ」と呼ばれ、シャープの新製品が売れず後から発売した松下電器(現パナソニック)の製品がヒット商品になることが常であったが、コードレスホン、ワードプロセッサ、電子手帳(後のZAURUS)、液晶テレビなどの分野では松下を凌ぐ製品を売り出すことに成功した。
組織の特徴としては、「緊急開発プロジェクト制度(緊プロ)」という1977年に作られた制度がある。この制度では社長直轄で複数の部署から人材が集まり、技術や開発に当たるチームが結成される。この制度によって部門にとらわれない自由な発想の商品を生み出す事ができると言われた。緊プロでは「電子手帳(後にZAURUS)」が開発された。
現在の企業スローガンは、「ひとの願いの、半歩先」である。それ以前は「Be Original」(2016年11月 - 2025年8月) であった。コピーライターの前田知巳が書いた「目指してる、未来がちがう。」(2010年1月 - 2016年10月) を使用していた。1990年 - 2009年までは、同じくコピーライターの仲畑貴志が書いた「目の付けどころが、シャープでしょ。」を使用していた。1998年からの一時期は「シャープになろう!」や「液晶でトキメキのある生活」に変更していたが、「液晶のシャープ」の印象が定着し、キャッチコピーとしての役割を十分に果たした事から、2002年になって知名度・好感度共に高かった以前のキャッチコピー「目の付けどころが、シャープでしょ。」を復活させた。キャッチコピーは他にも「確かに、シャープだ」、「元気な携帯電話!」、「はじまりはいつも、シャープから」など多彩で製品により使い分けられているが、最近は省エネをアピールする製品が多いため「エコロジークラスでいきましょう。シャープ」がよく用いられる。また過去のスローガンには「New Life Now」(業務用製品では「New Business Now」。どちらも70年代後半〜80年代前半)「New Life SHARP」「New Life People」(どちらも80年代後半)が存在した。
社名が早川電機だった昭和30年代に「シャープ坊や」がおり、シャープテレビの琺瑯看板やカタログに登場していたが間も無く姿を消した。1990年代より「リッキーくん」というキャラクターが登場し、2003年頃に方針の変更により表舞台から姿を消したが、その後もメビウスのマニュアルやEVAアニメータなどで姿を確認する事ができる。因みに父親や母親などの家族も設定されていた。
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2000年から2006年まで、太陽電池・太陽光発電のモジュール生産量は世界一であった。また、国内では唯一の宇宙開発事業団認定企業だった。後に環境先進企業を目指して太陽電池事業を強化している他、工場でも排水を100%再利用するなどの取り組みを行っている。
MM総研の発表では、2005年度(2005年4月 - 2006年3月)の国内携帯電話出荷台数シェアで、16.3%を確保して首位に立った。NTTドコモとソフトバンク(2005年度当時はボーダフォン)のみの供給であったにもかかわらず、カメラ付き携帯電話のパイオニアとして首位に立った。
同社のテレビブランド「AQUOS」の技術を採用した「モバイルASV液晶」を携帯電話のディスプレイに採用し、人気となった。2005年にはウィルコムにスマートフォンW-ZERO3で参入し、爆発的ヒットとなった。さらに翌2006年9月にはKDDI、および沖縄セルラー電話(各auブランド)にもW41SHで参入した。
2007年3月からは携帯電話市場に新規参入したイー・モバイル(現・ワイモバイル)向けにもEM・ONEというPDA機能付端末の納入を開始した。これで現存する携帯電話・PHSの5社すべてに端末を納入しているのは同社のみとなった。2009年夏からはCCDカメラ1000万画素を搭載した高画質カメラ「AQUOS SHOT」を発表。同社が開発した高機能処理エンジンProPixカメラ技術と同社の液晶技術を取り入れた。
2000年代後半にはシャープ亀山工場を建設し、「世界の亀山」ブランドを展開した。
しかし2008年のリーマン・ショックによる経営悪化や、液晶パネル製造でサムスンなどの韓国メーカー、台湾メーカーが台頭したことによる液晶の急速なコモディティ化により、一転シャープは苦境に陥る。地デジ特需も終わると、2011年からの4年間で総額1兆円以上の経営赤字を計上した。
2012年3月期決算でも大幅な赤字決算に陥る状況となり、台湾に本社をもつ世界最大のEMS企業である鴻海(ホンハイ)精密工業 との業務提携に合意した。その結果、堺工場の液晶パネル、モジュールを同グループが最終的に50%まで引き取り、同工場を共同運営することとなった。鴻海側は、2012年7月に堺工場運営会社の代表取締役に就いただけではなく、亀山工場の分社化と経営参画を要求したが、シャープ側は難色を示した。
2012年9月現在長短併せて1.5兆円の資金調達が必要だとされた。
シャープは2012年に2,000人の希望退職を募集し、その結果2,960名の希望退職者があった。2015年には3,500人の希望退職を募集し、3,234人の希望退職者となった。
2016年、鴻海買収直後の決算発表においても、業績不振を理由に追加の人員削減方針が発表された。
2016年2月4日、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープに対し7000億円超での支援の意向を示し、シャープは同日の取締役会で鴻海案を協議した。シャープは当初、官民官ファンドの産業革新機構からの出資を受け入れる方針だったが、支援額を上積みした鴻海案の採用に判断が傾いたと報じられて、翌2月5日には、シャープは鴻海との合意書を締結したと発表した。契約条件について協議を継続することや、鴻海が示した支援策の有効期限を同月末まで延長する内容であった。2月25日には、臨時取締役会で産業革新機構案よりも好条件の鴻海買収案を選択することを決定したが、偶発債務の発覚を理由に鴻海側から、買収契約の保留を受け渡される。最終的に、出資額の減額やリストラの受け入れなどの鴻海側に有利となる契約に改定され、1ヶ月超遅れて買収契約が4月2日に締結されることが、3月30日の鴻海の取締役会で決議された。
過去には2012年に鴻海がシャープに10%出資する案で合意したものの、その後の株価変動などの理由により中止、翌2013年には高橋興三が社長に就任し銀行からの支援を受けたものの立て直しができなかった。
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シャープ社長に就任した戴は、信賞必罰の人事と事業のビジネスユニット単位での収益責任明確化(「分社化」と報じられたが、実際には後述の通りカンパニー制を廃止した)をおこなうと宣言した。
2015年10月より導入されたばかりの社内カンパニー制(5つのカンパニーを設置)を、買収直後の2016年に液晶ディスプレイのカンパニーを除いて廃止し、6事業部に再度組み直した。
最も重要とされた信賞必罰の人事制度では、ボーナスを社員の成果や営業成績ごとにかつての1.5倍差から1-8ヵ月に最大8倍差に分けることや新入社員でも優秀なら入社半年後から大幅な給与引上げなどを実施した。
さらに、予算300万円以上の案件を社長決裁としたり、出張先も含めたテレビ会議の利用などの施策を導入し、東京証券取引所の2部降格から2017年12月7日に東証1部に1年4カ月の短期間復帰を果たした。
戴は、経営譲渡前の2015年に売却された旧本社および隣接する田辺ビルについて「シャープの歴史がある場所」と買い戻しに意欲を示し、田辺ビルは社長就任直後の2016年9月に139億円でエヌ•ティ•ティ都市開発から再取得した。しかし、旧本社ビルの買い戻しは実現せず、2017年に建物が解体された。一方ニトリが取得した旧本社跡地には、ニトリの新店が建設されることになり、2023年4月に「西田辺店」として開業した。
2020年には、唯一残ったカンパニーであるディスプレイデバイスカンパニーを同年度中に分社化することを発表し、同年10月より「シャープディスプレイテクノロジー」として分社化された。
シャープディスプレイテクノロジー(現在の堺ディスプレイプロダクト)は鴻海傘下となった後、サモア籍の投資ファンドWorld Praise Limitedの手に渡った。シャープは2022年2月に残りの20%の株式についても全て売却する方針を打ち出していたが直後に撤回し、一転して再子会社化を決定した。2023年3月期決算においてシャープは200億円の巨額赤字に転落した。2023年5月には55歳以上の管理職約700名を対象とする早期退職制度の導入を発表した。シャープは再成長に向けて「アセットライト化」を推進するとしており、事業の切り売り・撤退や資産の売却を進める方針を打ち出している。堺本社工場で生産していたテレビ向け液晶を生産を2024年8月に終了。同年12月には堺本社工場の敷地面積の6割をソフトバンクに売却することを発表。さらに本社工場棟も積水化学工業に2025年10月に売却することを決定し、KDDIにも工場跡の土地建物を売却しAIデータセンターを建設することで基本合意した。2024年12月に鴻海の子会社Fullertainにカメラモジュール事業を売却することでも合意した。
下記に製品カテゴリー別に記述する





シャープでは、プラズマクラスターにはイオンの力による空気の浄化や消臭といった効果があるとしている。空気清浄機、エアコン、冷蔵庫など同社の製品に多く搭載されている。
かつてのシャープは「先進的な部品を開発しその部品を元に特徴的な商品を生み出す」流れと、「商品に使われることによって部品の目標が明確になり性能が向上する」という流れの循環で成長しており、シャープではこれを「スパイラル戦略」と呼んでいる。さらにスパイラル戦略に加え、他社にない部品や商品を作り出す「オンリーワン戦略」も掲げている(両開き式の冷蔵庫やプラズマクラスター等が挙げられる)。
テレビでは、音声毎に色分けを行い、モノラル放送・外部入力は緑、ステレオ放送は黄色、二重音声は赤でチャンネル表示がされている(従来からあるアナログ専用のテレビ、アクオスではアナログ放送受信時の場合)。三洋電機のZ1などの80年代に発売されたブラウン管カラーテレビも全く同様の色分けであった。
ビデオデッキでは、VHS初の前面でカセットを出し入れ出来るフロントローディングや3倍モード時の画質劣化を抑える19ミクロンヘッド(1989年に初搭載した頃には通常モードにも切り替え可能)をいち早く搭載し家電メーカーで唯一コンポーネント端子やD1端子を搭載したS-VHSデッキを販売していた。VHS-C方式のビデオレコーダーは、先頭を切った日本ビクターに続き1982年7月16日に発売した。
パソコン黎明期においてMZ-80KやX1などを生産し、日本のパソコン業界大手の一社であった他、それらの一部は海外でも商品展開された。日本での参入はしなかったものの、8ビット機時代の共通規格であるMSX機もブラジルの現地法人「シャープ・ド・ブラジル」で製造、販売していたこともあった。その後、Windowsが台頭する時代になるにつれ、NECなど黎明期からの大手PCメーカーの他、大手家電メーカーや台湾メーカーなどがシェアを伸ばし、それに伴い、徐々に苦戦を強いられ、シェアは小さくなっていった。液晶の技術を活かしてノートパソコンの生産なども行っていた。インターネットAQUOSなどの個性的な商品を出すも総じてスペックの割に高価格で人気が出ず、デスクトップやノートパソコン等一般的なパソコンは生産を終了、ウルトラモバイルのみにラインナップは縮小されていったが、2010年10月21日、それらを含む同社のパソコン生産が終了したことが判明した。しかし、2018年に東芝からPC事業(株式80.1%)を取得、2019年1月にDynabookへ社名変更し、2020年8月に完全子会社化。
映像分野にも伝統的に強く、CCDなどの撮像素子を早くから自社生産していた。自社ブランドでもデジタルカメラには本格参入することはなかったものの、ビデオカメラについてはアナログ時代から家庭用製品を大々的に展開。特に、現在ほとんどの製品が使用している、液晶モニタ付カメラ(それまではの製品にはファインダしか無かった)を「液晶ビューカム」の名で先鞭をつけたのは同社である。ただ、特許独占ができなかったため他社に追随され、家庭用ビデオカメラ市場そのものもデジタルメラやスマートフォンの動画機能に押されて頭打ちとなったこともあり、参入メーカーが減った家庭用ビデオカメラ市場からは、同社もすでに撤退している。
他の家電メーカーが相次いで石油ファンヒーター事業から撤退する中、唯一家電メーカーで石油ファンヒーター(除菌イオン付)の販売を継続していたが、2007年度春に撤退予定を発表した。同年3月に生産を完了し、撤退している。
シャープの主な製品には、ファクシミリ、電子辞書、電子レンジ、デジタル複合機、電卓、液晶テレビ「AQUOS」やスマートフォン「AQUOS」などがある。2009年7月にはLED電球を発売し、家庭用照明事業に参入した。半導体・電子部品分野では、CMOSイメージセンサやカメラモジュール、半導体レーザーなどを手がけている。また、生物模倣(バイオミメティクス)技術を製品に応用しており、同社はこれを「ネイチャーテクノロジー」と呼称している。


名阪国道沿いに天理研究所と亀山工場、伊勢自動車道沿いに三重工場(多気工場)があり、液晶関連の主要拠点をなしていた。2000年代に液晶テレビ専門工場であるシャープ亀山工場の所在地三重県亀山市に因んで「亀山産」の表記をしたところ安心感が買われ、爆発的に販売数を伸ばした(AQUOSのテレビCMなどで「世界の亀山モデル」を表記していた)。同工場の誘致にあたり、三重県90億円・亀山市45億円を15年分割で補助することになっており、地方自治体による工場誘致政策に大きな影響を与えた(参考:クリスタルバレー構想)。
2009年10月には、堺市に当時世界最大規模の第10世代マザーガラスに対応する液晶パネル工場を含むシャープ堺工場(グリーンフロント堺)を稼動させた。太陽光パネル及び液晶関連需要に対応し、旭硝子(現・AGC)、大日本印刷やコーニングなど液晶パネル関連部品を供給する企業19社も進出し、業種、業態を超えたビッグプロジェクトで、高効率と省エネ、太陽光発電などによる「世界最先端環境工場」を謳っていた。また、2010年3月には、同じ敷地内に薄膜シリコン太陽電池工場も稼動させ、急拡大が見込まれる世界的な太陽電池の需要拡大への対応を図っていた。
2012年には、海外子会社との取引などを巡り、2011年3月期までの5年間で約54億円の申告漏れ(うち15億円以上は意図的な所得隠しとされた)があったと、大阪国税局から指摘されていたことが判明している。また2015年にも、2014年3月までの3年間にわたり、約103億円の申告漏れ(うち12億円は所得隠しとされた)を同国税局から指摘されていたことが明らかになっている。
任天堂が「ミニスーパーファミコン」を発表し話題になると、いくつかあるシャープ製品の公式Xアカウントの一つが「ミニスーパーファミコン」に収録されているソフトに対して私(アカウント運営者)の思い出を価値に換算すると発言し値踏みした。中には価値0円と付けたソフトもあり、炎上し始めると誤解を招いたとして「価値0円は未購入である」と訂正をしたが、他社製品を公式アカウントで値踏みしていること、任天堂の公式アカウントにリプライしていることなどが問題だと批判が殺到しさらに炎上したため、問題のツイートは削除された。しかしそれでも批判はやまず、ネットメディアも報じ拡散されたため、シャープは不快な思いをさせたと謝罪文を投稿した。騒ぎが大きくなったことを受け、2017年7月11日に同社は、関係者に迷惑を掛けたとして、該当のアカウントを閉鎖することを決めた。
2021年3月12日、スマートフォン向けのカメラレンズの製造子会社「カンタツ」で、2018年4月~20年9月に架空計上などで売り上げを75億円水増しする不正会計があったと発表した。